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鬼の哭く沼
第6章 朔月に濡れる赤
(どうして)
指先でざらりとした表面を撫でる。歪な楕円型をしたそれは、去っていく大蛇が落としていった鱗の一欠だ。
大蛇の姿をしていた、須王。
須王は、自分を「酒呑童子」だと名乗っていた。あまり歴史に詳しいわけではないが、記憶の中の伝承で酒呑童子は鬼だ。大蛇では無い。そうわかっているのにあの時の自分は何故か大蛇を須王と呼んだ。そして今も、角を持つ大蛇の正体が須王だと確信している。
とっくに吐き切ってしまった息を止めているのにも限界がきて顔を上げ、湯の中から鱗を出す。掌より一回り小さなそれは綺麗な赤で、半透明をしている。須王の髪の色と同じ、朱に近い炎のような色だ。これだけ見れば到底蛇の鱗などとは思わないだろう。
蛇は苦手だ。いや、そんな控え目な言い方は妥当では無いだろう。嫌いな生き物を上げれば間違い無く三本の指に入る。でも、この美しい鱗を持つ大蛇をどうしても嫌いだとは思えなかった。
それに正直言えば、九繰が助けてくれた時はほっとした半面、心のどこかで寂しく思った。今にも穢されるというその瞬間、助けて欲しいと願った相手は九繰ではなかったから。だから嬉しかった。あの部屋へ、一番最初に飛び込み自分を助けてくれたのが大蛇、須王だった事が。
「……言葉を惜しめば心が残る」
呟く声は湯気に包まれ静かに香夜の胸に響く。
そうだ。
ならば、心が残らないよう、とことん話をしてやろうじゃないか。