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鬼の哭く沼
第2章 宵ヶ沼
イロ、が愛人を表す意味だなんて聞いてない。
「詐欺だ…」
苦い物を飲み込んだような顔で唸り、ばさりと厚く積み上げられた布団の上に身体を倒す。
鬼に喰われるか、イロになるか。どちらかを選べと迫られてとっさに選んだのはイロになる、だった。
殺されるくらいなら、何だって。
イロ、が何なのかを聞くタイミングを与えられず爪で脅されて答えた。答えてしまった。命さえあればここから逃げる手段も、きっと見つかる。安易な考えで深く考えもしなかったあの時の自分の首を絞めてやりたい。ついでに満足そうに頷いて、部屋を出て行ったあの憎たらしい鬼の首も。
今、酒呑童子の姿は部屋に無い。
「俺が戻るまでに見られる成りにしておけ」と何やら失礼な指示を飛ばし部屋を出る際、入れ替わりに入ってきたのは着物姿の幼い少女が二人。鏡に映したように同じ顔、同じ声をもつ少女達が香夜の手を引き向かったのは風呂場だった。他人に、しかも幼い子供に慣れた手つきで入浴を手伝われ当惑しながら湯から上がれば用意されていた赤い襦袢を着せられた。その上、うっすら化粧まで施される。
まるで、供物にされる生贄みたいだ。
思って、ぞっとした。今から自分の身に何が起きるのか。考えるのは容易で香夜は酷く焦る。しかし焦るばかりで解決方法も見つからないまま、襖の開く音にびくりと肩を震わせた。
「……何をしている」
づかづかと部屋に入って来た酒呑童子は、布団から飛び退いて壁際に張り付く香夜を呆れたように見下ろす。少しでも距離を取ろうと、小さく身体を縮めた姿をじっくりと眺めて口角を引き上げた。
「ふん…少しは見られるようになったじゃないか。……こっちへ来い」
「い……」
「嫌とは言わせん。言った筈だ、お前に拒否権は無い」
凄まれ、渋々布団に腰を降ろした酒呑童子へ近寄る。せめてものささやかな抵抗の印に、布団の外へ明後日の方向を向いて座った。
そんな香夜の態度に気を悪くした風でもなく、酒呑童子は胡坐をかいた膝に肘をついてこちらを見る。