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鬼の哭く沼
第8章 溺れる魚
「まったくあの女、ああいう汚い事するのだけは上手いんだから」
茶を取りに双子たちから離れ、菊月が香夜の横に腰を降ろす。盆を置いて茶菓子に手を伸ばし、向かいに座る桔梗が肩を竦めて答えた。
「ほんと、いけ好かない事ばっかりする女だよ。でも良い気味さ、掟破りの鬼成りは鬼落ちが掟だもの」
「これ、桔梗!」
余計な事を、という夕鶴の窘めに、桔梗が首を竦めてぺろりと舌を出す。
「鬼…落ち?」
聞いた事の無い単語に首を傾げる。と同時に名が出ずとも貴蝶の事だと察し、香夜は表情を硬くした。
浮かぶのは美しい艶姿と、そこからかけ離れた髪を乱して悲鳴を上げる姿。貴蝶のその後を須王に聞く事も出来ず、ずっと魚の小骨のように心のどこかに引っかかっていたのだ。貴蝶はあの後どうなったのだろう、と。
(私には、ちゃんと結末を知る義務がある)
香夜が悪いわけでは無い。だが、香夜の存在によって起きた騒動であることは間違いない。ならば、きちんと知るべきだ。
やってしまった、という表情を浮かべて明後日の方向を見る桔梗を睨んでいた夕鶴が溜め息をついた。
香夜の表情に誤魔化しは不可能と見たのだろう。
「アンタ、楼主様に貴蝶のこと聞いたかい」
「ううん…聞けなかった。何か、須王には聞いちゃいけないような気がして…」
ただ一度、どうしても気になって双子に様子を尋ねると貴蝶は座敷牢に幽閉されたと言われた。噂好きな他の妖に訊いたのだろう。「ショウスイ」して「見るカゲもない」のだと言葉の意味を理解せずして続けた双子に、香夜は一つ頼み事をした。
どうか、貴蝶の心の支えとなるものを、傍に。
貴蝶が大切にしている物を、牢の中にいる彼女へ、と。
自分にとっての組紐や銀の飾りがそうであったように、彼女にも何か心の寄り辺となるものを。
顔を見合わせ不思議そうな顔をしながらも、引き受けてくれた双子が「何」を持って行ったのかは尋ねなかった。
夕鶴は俯く香夜の肩にぽんと手を置いた。
「そうかい…。アタシもアンタの耳に入れるつもりは無かったんだけどねえ。まあ…噂話なんて何処から漏れるとも知れないし。いずれ知るんならちゃんと話しといた方が利口かねえ」
こういう口の軽いのが何処にでもいるもんだから。
そう言ってちらりと桔梗を一瞥してから夕鶴は少し困ったように眉を下げた。