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鬼の哭く沼
第3章 九泉楼
「はー……。こんなに笑ったのは久し振りじゃ」
「そのまま笑い過ぎでぽっくり逝けば良かったものを」
「いやはやそれは無理じゃ。お主をからかうに、こんなに良いネタを捕まえたのだから勿体無い」
誰だこんな奴を呼んだのは。自分か。仕方なくとはいえ、呼び出した自分を後悔しつつあった須王はヤケになって三本目の徳利に手を伸ばす。今度は投げる為ではなく自分の喉を潤す為だ。ついでのように、九繰の空になった酒杯にも注ぎ込んでやる。
「九繰。俺は暇じゃない」
「ふふ、わかっておる」
煽り喉を潤す、最高の美酒。
鼻を通る甘い香は一瞬、須王に香夜の甘露のような肌を思い起こさせた。
はー、とまだ苦しそうに呼吸しながら九繰は目尻に浮かんだ笑い涙を拭い。目を細め何か思いに更ける須王を見下ろす。そうして艶然と、唇に笑みを刻んだ。
「……須王や」
熱をもつ夏の夜気をじわりと寒々しくさせる、声音。
先程までの戯れが嘘のように冷然と、酷薄な金の双眸を煌めかせる。九繰の見事な艶もつ銀の尾がゆらりと揺れた。
「儂を呼び寄せたは、池の異変の理由を聞きたくてじゃろう。主の登座以来永らく開かなんだ門が開いた。しかし封が綻んだ兆しは無い…とすれば理由は一つ」
「…黒曜、か」
「如何にも」
何故、唐突に。今、あの娘を。
須王の胸中に暗雲の如く疑問が渦巻く。
(一体、何故)
当然、いらえはなかった。