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鬼の哭く沼
第3章 九泉楼
「ねね様、どうしたの?」
「溜め息ばかり。ご気分が良くない?」
お手玉を放り出して駆け寄り、並んで心配そうに香夜を覗き込んでくる。「大丈夫、ありがとう」と答えてそれぞれの頭を撫でると、二人は嬉しそうにきゃらきゃらと声を上げた。
(可愛いなぁ…妹とか居たら、こんな感じなのかも)
一人っ子の香夜にとっては少しくすぐったい感覚だ。
折った膝の上ではしゃぐ二人の額の中央には、申し訳程度の角がある。まだ皮膚を被った肌色のそれは須王のものとはまるで違うが、それでも彼女たちが人間でない事を証明するには十分だ。
鬼の、幼い双子の少女。彼女たちの名は雪花と風花という。
どう呼んだらよいか分からずに困った香夜が、聞き出した名だ。
二人は朝からこうしてぼんやりとしている香夜に、湯浴みをさせ食事を運び、甲斐甲斐しく世話をしてくれている。昨夜、無表情で腕を掴まれた時は何て怖い双子だと思ったものだが…案外人見知りをしていただけなのかもしれない。一度打ち解けてしまうと、二人は香夜にべったりで大層可愛らしかった。
「ねね様が元気無いの、主さまのせい?」
「主さまが、ねね様をいじめたの?」
「ああ、いや…いじめられたわけじゃ…」
はは、と乾いた笑みで誤魔化す。昨夜の事は、とても幼子に聞かせられる内容ではない。
(ほんと、何なんだろ……あの鬼)
須王はどうしているのだろうか。
朝目覚めてから今まで、一度もこの部屋を訪れない。行為の最中に気を失った事に怒っているのだろうか。それとも、興醒めして香夜の事などどうでも良くなったのだろうか。
抱かれ、イロ扱いされるのを望むわけでは決してない。ただ、自分の身上を知り、また唯一どうするかの権限を持つ相手に長時間無視されるというのは精神的にくるものがあった。
ここから逃げ出したい。
家に帰りたい。両親に、友人に会いたい。帰れなければバイトにも行けない。無断欠勤をしたら迷惑をかけてしまうだろう。欠勤が続けば異変に気付き実家に連絡が行く。そうすれば両親だって死ぬ程心配するに違いない。
(そうだ、帰らなきゃ…帰りたい。元の世界に)
帰る為には須王ともう一度話さなければ。