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鬼の哭く沼
第3章 九泉楼
ぶつかった硬いものの正体は、悩みの種である件の鬼の足だった。
確か全く同じ言葉を、全く同じ口調で昨夜も言われた気がする。案の定、恐る恐る仰向けば声の主は呆れた表情で香夜を見下ろしていた。
だが、昨夜と違う事が一つ。
「大丈夫か」
「え……」
体勢を崩して半ば仰け反る様な格好をしていた香夜に、手を差し出す。困惑し須王の顔と手を交互に見やれば、焦れたように強引に手首を掴まれ身体を引き起こされた。
「あ…ありが、とう…」
「………」
ぎこちなく礼を口にすると、須王が驚いたように片眉を上げる。何かおかしな事でも言っただろうか。黙ってしまった須王に香夜は途方に暮れた。そしてふと握られっぱなしの自分の右腕を見る。男特有の筋張った、けれど温かで大きな手。この手が昨夜、香夜の身体中を愛撫したのだ。
(……っ!!何、を思い出して…)
頬が熱い。慌てて首を振って記憶を追い出そうとする香夜の脇から、双子が嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねて須王に飛びついていく。
「主さま!」
「主さま!!」
どうした、だの御苦労、だのと声をかけながら、須王は双子の頭を優しく撫でる。その意外にも穏やかな眼差しにとくんと心臓が跳ねた。
先程差し出された手といい、今の顔といい、存外恐ろしいだけの存在ではない須王の一面に香夜は不思議な感覚を覚える。じゃれる少女達を構う間も、香夜の手は握られたままだ。よくわからない胸の動悸を抑えようと俯いた先、美しく筋肉のついた逞しい胸元から腹部が否応無しに視界へと入ってくる。
(うう、目の毒…)
男の癖にこの色気は一体どういう事だ。視線のやり場に困っていると、思い出したように須王が尋ねた。
「随分熱心に外を見ていたな…逃げ出す方法でも模索していたのか」
「そんな事…っ…」
逃げ出せるものならとっくにそうしている。香夜は心中で毒づいた。そんな心の声が聞えたのか、意地の悪そうな表情を浮かべた須王に内心舌を出して不貞腐れた。
「では、一体何を見ていた?」
「何、って…外に人が」
「………人?」
いや、人ではないが。
恐ろしい程綺麗な妖だった。須王とは真逆の色を身に纏った、美しい男。訝しげに眉を寄せ、顔を上げた須王が外を覗く。
「えっと……池の傍に、白い着物の人がいたから…」
「………」