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鬼の哭く沼
第1章 祭りの夜
その瞬間。
ウウゥ……
背後の暗がりから低く、地を這うように響く唸り声。本能が警告ランプを点灯させ、身体から寒くも無いのに冷や汗が噴き出す。香夜はぎしりと軋む音が聞えそうな程ぎこちなく、社の右手にある暗がり…音のした方角を振り返った。
ざり、ざり、ざり…
闇夜にギラリと光る、一対の目。
唸り声を上げたまま砂利を噛んで近づいてきたそれの正体は、狼もかくやという大きさの野犬だ。
犬は好きだが、人を襲う野犬は別だ。大きく口を開け、歯茎が露わになるくらいに歯を剥き出して唸りながらじりじりと間合いを詰めて来る。噛まれたら痛い、では済まされない。
噛まれ、裂かれ、喰われてしまうかもしれない。
「ひっ…!」
情けない悲鳴を上げたのは、香夜ではなく大野だった。悲鳴を上げたいのは香夜も同じだ。だが恐怖で声が出ない。
野犬は一匹ではなかった。
先頭の犬の後ろから、がさりと藪を分けて数匹が続いて現れる。皆異様に大きい。全部で5、6匹はいるだろうか。野犬たちは香夜と大野を包囲するように広がり、距離を縮めてくる。先頭の犬との距離が5メーロルを切った所で金縛りが解け、一歩後ずさると下駄底がじゃりっと鳴った。