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鬼の哭く沼
第1章 祭りの夜
「お、おの…君っ!逃げなきゃ…」
「あ、ああ…」
早く逃げなくては、と頭では理解しているのに身体が動かない。噎せ返る様な獣の臭気が夜風に混ざり、ねっとりと肌に絡みつく。
どうしたら、一体どう逃げれば助かる。
焦るばかりの香夜を追い詰めるように何重にも重なった唸り声が一際大きく膨れ上がり、がううっ、と一匹が吠えた。
その瞬間、
「う……ッ…わああああ!!」
大声を上げて大野が逃げた。砂利に足を取られながらも、香夜とは違い普段着にスニーカーの彼はそれはそれは見事な俊足っぷりでまろびながらも石段を駆け下りて行く。
ちょ、……はああ?!嘘でしょう!?
唖然とする香夜を、一切見向きもせずに。
あっと言う間に彼の姿は見えなくなり、残されたのは大野を追いもしなかった野犬6匹と、立ち尽くす香夜だけだ。そして冒頭に戻る。
野犬たちに追い詰められてじりじりと藪際まで後退し続けた香夜は、草に足を取られて転んだ。湿った、獣の吐く生臭い息がもう目前に迫っている。
噛まれたらどの程度の痛みなんだろう。ここで死んだら絶対に大野を祟ってやる。いや、こんな所で死んでたまるものか。
「絶対、逃げきる…!」