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鬼の哭く沼
第3章 九泉楼

障子に顔半分、隠れるようにして此方を覗いていたのは、女と呼ぶにはまだどこか幼さを残した娘だ。肩口までかかった黒髪に、着ている赤の襦袢から覗く白い肌が眩しい。
須王は私室に遊女を立ち入らせない。ならば、あの娘こそ頬に爪を立てた話題の「イロ」に間違いないだろう。大事に仕舞い込んで店の棚にも並べず、挙句傷までつけられたのに操すら奪っていないと聞いてどんな絶世の美女かと思えば。


(随分と愛らしい猫じゃの)


あの須王に気丈に立て付き爪を立てる娘の様を想像し、何ともおかしくなってくる。


「さて、折角の初の逢瀬じゃ。挨拶でもしておくとするかの」


気に入りの玩具を見つけた子供のように目をきらりと輝かせた九繰は、右手に灯した狐火を自身の顔に翳す。そして、老若男女を惑わすという顔貌に艶然と笑みを浮かべた。途端、娘はびくりと肩を跳ねさせ、真っ赤になって障子窓から転げるように離れ姿を消す。あまりに見事なその初々しい反応に、九繰は相好を崩し一人くつくつと腹を抱え笑う。


「ふ、くく…ああ。良いものを見つけた。……おや」


娘の消えた障子窓に、今度は大きな影が映る。須王だ。何やら不機嫌そうに眉間にこれでもかと皺を寄せ、唇を引き結んで九繰を睨みつけている。


(ほほう…?)


ちかり、と感づいて九繰の胸中に意地の悪い考えが浮かぶ。わざとらしく方眉を上げゆらりと尾を振って笑んでみせれば、眉間の皺三割増しでたんっ!と乱暴に障子窓を閉められた。


「……これはこれは」


気まぐれに、物珍しさから拾っただけかと思えばまさかの態度。これは良いからかいのネタを見つけた。暫くは面白いものが見られるだろう。
先程の須王の眼差しを思い返し肩を揺らし笑う九繰の視線の先、何やらどたばたと二つの影が揺れている。
閉じられた障子の向こう、まるで外に居る九繰に見せつけるように始められる遊戯。影絵のような二つの影は一つに重なり、そのまま淫らな演舞へと移行していくのだろう。

いつまでもそれを眺めているような無粋は、九繰の性ではない。くるりと背を向け、庭を後に歩き出す。


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