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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
金、銀、珊瑚に真珠。琥珀に翡翠、瑪瑙、瑠璃、水晶、孔雀石……。
卓子の上にこれでもかと並べられた豪華な宝石の数々。そして部屋中に所狭しと並べられた色取り取りの美しい絹織物を前に香夜は困惑していた。
「これは、一体……」
夜をこそ得意とする遊郭にとっては準備時間であり、そこで働く遊女たちにとっての貴重な睡みの時間でもある昼下がり。香夜は宛がわれた部屋の中央で品物の山に囲まれ、茫然と呟いた。須王の自室でもあるこの部屋を、狭いと感じたのは初めてだ。
「ちょいとお足元失礼しまっせ」
「あ、ご…ごめんなさい…」
邪魔だ、と言わんばかりに水掻きのついた手をひらひらされ、香夜は慌てて座ったまま半歩程後退る。その前で忙しそうに香夜の膝元へ帯を広げているのは、正真正銘の蛙だ。だが、その大きさが尋常ではない。背丈一1メートル程の蝦蟇蛙が着物を着て、二本足でひょこひょこと部屋中を跳ぶ様に歩きながら着物や帯を広げている。あっという間に部屋の中は豪華な宝石や着物で溢れてしまった。
「ふむ。この着物ならこの帯はどうだ」
「鴇色やったら、若菜、若苗も良いでしょな。せやけど、夏の色やおまへん。萌黄や花緑青、浅縹はいかがですかいな」
「浅縹か…良いな。目に涼しい色だ。それも貰おう。ああ、だが鴇も…いや、面倒だ。左端の、先程並べた色からここまで貰おう」
「毎度!!」
「…あ、あのー…」
「ほんなら、玉はどうしまっか。新しい着物に合わせて、いくつか見繕いさせてもらいましょか」
「そうだな、珍しい細工物も多い…この銀細工は中々だ」
「流石!須王の旦那はお目が高い!その細工物は今回の品で一番の掘り出しモンでっせ」
「あの、えっと…」
「この扇はどうだ?親骨は白檀か…良い香だ」
「最高級の香木を使用しとりますさかいな。まとめてお安うしときまっせ」
「はっ、商売上手な奴め。良いだろう、この際だから卓子に並べた分もまとめて全部置いていけ」
「ほっほ。おおきにー!」
「ちょ、ちょっと待って!!」
香夜の静止の声に、熱心に話し込んでいた蛙と須王が何事かと振り返る。
「何だ、突然大声を出して」
「何だじゃなくて…あの、私着物も宝石もいらないんだけど…」
二人分の視線に気押されながらも、懸命に訴える香夜の声が困惑気味に消えていく。