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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
香夜が九泉楼で須王のイロとして生活をするようになって早十日が経とうとしている。相変わらず須王は強引に香夜を弄ぶが、やはり最後まで事に至らず、それどころか香夜を膝に乗せ酌をさせるだけで終わる日もあった。
(本当に、何をしたいのかわかんない…)
強引に愛人にすると言って脅しつけ、身体を弄んだかと思えば。気をやり、ぐったりと褥に伏す香夜を抱いて優しく頭を撫でたりもする。
傲慢で、支配的な怖ろしい鬼。
ただそれだけではない一面に、困惑する回数が日々増えている様な気さえする。
今も、そうだ。
唐突に蛙の行商を呼び付けたと思えば部屋中に品を並べさせ、あれこれと選び出した挙句それら全てを香夜に贈ると言い出した。しかもその買い物の規模が尋常ではない。「ここからここまで全部下さる?」なんて会話はドラマや映画だけの話だと思っていたのに。
(どこの有閑セレブだ)
「要らんだと?」
心底訝しむように須王が眉を寄せて言う。
「女は皆、こういう物をくれてやると喜ぶ。なのに何故お前は嫌がる?」
「何故って…。だって、こんな高価な物貰えないし…」
着物や宝石に詳しく無い香夜にだって、ここに並べられている品々がとても高価な物だという事だけはわかる。そんなものを軽々しく、他人から貰うなんて気が引けるどころの話ではない。第一。
(こんな風に贈り物を受け取っちゃったら、本物の愛人みたいだし)
須王のイロになる事を了承したつもりは無いし、今後もその予定は無い。しかしそれを正直に言って、また嘘つきだなんだと無体に及ばれる事態は避けたい。もごもごと言い淀む香夜に須王は鼻を鳴らして手にした扇を広げた。香夜の鼻先を、扇の素材である白檀の上品な甘い香がふわりと掠める。
「イロに身を飾る物を買い与えるのは当然だろう。自分のものを、美しく飾りたいと思って何が悪い」
「美しく、って…」
大仰に、至極当然とばかりに言いきった言葉に心臓がとくんと高く鳴った。生まれてこの方、異性に「美しい」なんて形容された事の無い香夜は激しく動揺する。言った相手が例え鬼であろうと、顔の良い男に言われて嬉しく無いわけがない。
顔にじわりと熱が集中するのがわかって慌てて俯けば、須王が不審そうに首を傾げた。