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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
男であることが勿体無いくらいに艶めかしく、所作の一つ一つに色気が漂っている。
色素の薄い目は切れ長で、それを縁取る睫毛は長く鼻梁もすんなりと高い。色素の薄い唇は今、にんまりと笑みの形を作り、うっすらと空いた隙間からは尖った犬歯が覗く。膝によじ上ろうとしている双子の髪を撫でる手の指は長く、鋭利な爪が指先を飾っている。
全体的に須王と比べて線は細いが、それでも着物の胸元から覗く胸板は厚く逞しい。やや尖った耳の横からさらりとこぼれた銀の髪は絹糸のような光沢があり、女の目から見ても妬いてしまう程真っすぐでさらさらだ。
改めて至近距離からその美貌をまじまじと見つめれば、「どうかしたのかや?」と、美しく微笑まれてカッと顔に熱が上がった。動揺を隠す様に用向きを尋ねる。
「あ、あの…それで、私にどんな用事で…?えっと…」
「九繰じゃ。九繰と呼ぶが良い。何、お主と少し話がしたくてのう」
「話…?」
「いかにも。先だっては庭先から失礼したの。儂は九尾の九繰。以後お見知りおきを頼もうぞ」
九尾、という事は狐だ。妖狐、というやつだろうか。漫画や小説にもよく出てくる。尖った耳と美しい銀髪に納得し、次いで見当たらない尻尾を探そうと視線は九繰の腰辺りに移動する。するとどういう仕組みなのか、ふわりと大きな尾が現れた。髪と同じ見事な毛並みの銀色の尾は、香夜の視線に応えるようにぱたぱたと畳を叩く。
「ふふ。儂の尾が余程気になると見える」
「っあ、ご…ごめんなさい!」
「良い、良い。普段は場所を取るので仕舞っておるのじゃ。障子や襖に挟むとこれがまた痛くてのう」
挟んだ時の衝撃を思い出したのか、本当に痛そうに九繰の眉尻が下がる。その情けない表情に思わずくすりと香夜も笑った。
「そうじゃ。何なら触ってみるかの?香夜や」
「え……っ!」
(触ってみた、い…!)
きっと、ふわふわで柔らかくて気持ちいいに違いない。思わず頷きかけたが、ふと違和感に気付いて動きを止める。ふさふさとした尾に気を取られ、名を呼ばれた事にやや反応が遅れた。
「…あれ…何で、私の名前…」
まだ名乗っていない筈なのに。
驚く香夜に、薄い金色の細い目をより細くしてにんまりと九繰が笑う。