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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
言い訳をすればする程誤解が深まりそうで、にやにやと思わせ振りに笑う九繰に香夜は口を噤む。何だかどっと疲れが増したような気がしてきた。
もう何とでも言えば良い。投げやりに肩を落とした香夜に九繰がぽん、と膝を打った。
「さて、と。無駄話はここまでにしてじゃ」
させたのはどこのどいつだ。胡乱げな香夜の視線をさらりと流し、九繰はくいと細眉を持ち上げる。唇の端が歪み、何か悪い事を企んでいるかのような表情だ。
「香夜よ。お主一つ、儂と賭けをせぬか」
「…………は?」
香夜はきょとんとする。唐突に、一体何を言い出すのだろうか。訝しむ香夜を前に、九繰は見事な銀の尾を機嫌良く左右に振る。
「賭け?」
「左様。儂は何より退屈が嫌いでの。折角お主という絶好の遊び道具を見つけたのでな、これを逃す手はないのじゃ」
(なんか今…もの凄い失礼な発言をしてくれたように聞えたけど)
誰が遊び道具だ。いけしゃあしゃあと暴言を吐いた本人は、一人で勝手にうんうんと頷いている。
「うむ、賭けの内容はこうじゃ。お主と須王、どちらが先に相手に落ちるかを競う。先に須王がお主に落ちればお主の勝ち。逆にお主が須王に落ちれば儂の勝ち、で如何か」
「え、落ちるって何に…」
「決まっておろう、恋じゃ、恋」
「………」
美形の人外の口からその外見に似合わぬ単語が出て、香夜は黙り込む。香夜より早く反応したのは、脇に座っていた双子だった。
「恋、ねね様がするの?」
「恋、ねね様がされるの?」
「誰に?」
「ぬし様に!」
表情にやや乏しい二人が、ぱあっと頬を染めて声を上げる。女子の恋話好きに年齢は関係ないようだ。
「え、いやいやいや…無い。それは無い!」
相手はあの傍若無人な鬼。自分はその鬼に力づくで囚われている身だ。この関係のどこに、恋が生まれる可能性があるというのだ。我に返った香夜の言葉に、九繰は不満そうに小首を傾げる。
「そうかの?」
「そう、絶対そう!というか、その賭けの対価は?!」
「うむ。お主が勝った暁には、儂がお主を現世に帰してやろうぞ」
「!!」
騒ぐ双子の相手をしていた香夜は、弾かれた様に九繰を見た。