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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
「…貴方は、須王の友人じゃなかったの」
「儂は友のつもりじゃが、それがどうかしたかの」
「友人なら、どうしてこんなことを私に…?」
美しい筈の九繰の笑みが、何だか急に胡散臭く思えて香夜は身を硬くする。
香夜が不審に思うのも無理は無い。
『元の世界に帰して欲しい』
ここに来てすぐに、須王へ何度も訴えた事だ。戻りたい、家に帰りたい、イロになんてならない。
でも、叶わなかった。
須王は言ったのだ。決して帰れない、ここは香夜のいた世界ではない。自分の隷属になったのだからここから逃げられないのだ、それが理だ、と。けれど信じたく無くて、どうにか逃げる方法を探そうとしてなりたくもないイロとやらになった。
それを勝手に、友人を名乗る九繰が覆そうとしている。
この賭けは、友への裏切り行為ではないのか。
「言ったじゃろう。退屈が何より嫌いじゃと。儂にとっては単なる暇潰しじゃ」
そう言う笑みの形に歪んだ唇と、きらめく金の双眸からは感情が読み取れない。
「彼奴にとっても、お主とのやりとりは暇潰しの一環じゃろうて。儂ら妖の生は長い。娯楽無くして日々を過ごす事は苦痛での」
楽しければそれで良いのだ、と九繰は言う。
(暇潰し)
そうかもしれない。
香夜の心に、ちくんとした痛みが走ったがそれに気付かないふりをして一条の光に目を向ける。家に帰れるかもしれない、という希望の光だ。光は胸中に淀む不審の暗雲を押し退けるのに、十分な強さでもって香夜の背を押す。
「本当に、帰れるの…?」
「そう聞えなんだかの?」
「だって、須王は…絶対帰れないって」
「左様。じゃが儂なら帰してやれる」
「帰れ、る……家に…?」
家族の居る、元の世界に。そう恐る恐る尋ねれば、九繰は大きく頷く。
「うむ。儂が必ず帰すと約束しよう。じゃが、もし儂が勝ったその時はお主の身は儂が貰いうけようかの」
「それは貴方のイロに、なれって事?」
「それも面白そうじゃが…いや、まあいい。お主の使い道はその時に伝える事としよう。兎に角。儂が勝った暁には、お主は今度こそ本当に、二度と現世には戻れなくなるじゃろうな」
それでも構わなければ賭けに乗るが良い。