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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑

賭け成立の条件は、三つ。


一つ、須王が香夜に思いを告げる事。
二つ、一、または香夜が須王に思いを告げる事。
三つ、この賭けの内容を須王含む他の誰にも話さない事。


条件について香夜が嘘をついたらどうするつもりなのかと尋ねれば、九繰は笑った。

「どれ程長い付き合いじゃと思うておる。儂ならば、彼奴を見ればその心中など手を取るように分かるからのう。お主のような小猫の嘘如きで騙されはすまいよ」


あれから一週間程が経つ。

何だか文字通り狐に抓まれたような心境だったが、須王を「落とす」べく様々な方法を考えてはみた。だが哀しいかな、男性経験の無い香夜にとって良い「男を落とす」方法など思いつく筈も無く。実際には何をしたら良いのかも分からないままだ。出来た事と言えば意味も無く須王の名を呼び、引き攣った笑みを向けた程度。その挙句、精いっぱいの笑顔を見た本人から「気味が悪い」と称されたのが二日前。
当然、今のところ目ぼしい成果は得られていない。

(いやでも、これだけの贈り物をしてくれるのは成果、なの…かな…)

こんもりと目の前に積まれた着物や玉を前に、香夜は思い悩む。
相手は平安の世から生きている鬼で、あまつさえ遊郭の主ときた。RPGで言えば冒険が始まった直後、装備「木の棒」で魔王と対峙するようなものだ。あらゆる経験値が根本的に違う。まったく、なんとも厄介な男だ。

しかも厄介な事はもう一つあった。

「惚れさせる」という事は、自分自身も相手を恋愛の対象として見るという事に等しい。これが一番の悩みの種で、一度その対象として意識してしまうと事あるごとに香夜の方が動揺してしまう回数が増えた。それでなくとも、須王の見掛けはこの上無い美丈夫。ふと見せる穏やかな笑みや香夜を抱く温かな腕、頭を撫でる掌に心臓がざわついたのは一度や二度ではない。

まるで諸刃の剣だ。気を抜けば自分こそが強く相手を意識してしまう。

このままではいけない。
賭けに勝ち、自分は絶対に元の世界に戻るのだから。


「……よ、……香夜」


ふいにかかった須王の声に、香夜はハッとして物想いに沈んでいた意識を振り切った。


「あ、えっと…何…?」

「何、ではない。お前こそ何をぼうっとしている」




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