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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
不機嫌そうに顔を顰め、じっと香夜を覗く須王の視線と正面からぶつかる。深く暗い赤にほんの僅か青を混ぜた濃い色の瞳だ。至近距離のそれに思わず頬に熱が上がり、うつむくとふと須王が手にしている物に目が止まった。
「きれい…」
それは繊細な細工の美しい、蝶を象った銀の飾りだ。蔦が絡まる様に、複雑な線で形作られた銀の蝶は優雅に翅を広げて今にも羽ばたきそうに見える。
「着物も帯も細工物も、明日には全てお前用に仕上げさせる。だから今は取り敢えず、これでも身につけておけ」
「え、でも…わ…っ!」
そう言って無造作にぽいと放り投げられた飾りを慌てて受け取る。蝶の中心に金具で繋がれた小さな鈴が、ちりりと愛らしい音を立てた。
「おい、蝦蟇よ」
「へぇ!」
「結い紐を寄こせ」
受け取ったもののどうした良いのか分からず、困惑する香夜をいささか乱暴に引き寄せた須王に、ずい、と木箱が差し出された。底の浅い箱の中には色とりどりの美しい紐がいくつも並べられている。じっと鋭い視線を紐に注いでいた須王が、その内の一つを爪で摘み上げると、何故か蛙が驚いたように大きな目をぐるりと回した。
「須王の旦那、そのお色は……」
「何か文句でもあるのか」
「は、いや!とんでもおまへんっ!」
「……?」
ぎろりと睨まれた蛙は激しく顔を振り、長い舌で自分の顔の汗を舐めて引き下がる。不可解な反応に首を傾げる香夜の首を、つうっと指が滑った。
「ひゃ…?!」
「暴れるな」
くすぐったさに首を竦め、須王から離れようとするが腰に回された腕に阻まれる。そしてそのままくるりと身体の向きを変えられ、胡坐をかいた足の間で向かい合う様な体勢になった。
「顔を上げろ」
ぐっと強引に顎を持ち上げられ、かすかに眉を寄せる。文句を言おうにも仰向いたままでは口も開けず、喉を晒した姿勢のまま香夜は大人しくするしかない。首に腕を回し紐を通して何やら行うこと暫し。須王が満足そうに顔を上げた。
「…ふん。馬子にも衣装とはよく言ったものだな。十人並みが五人並みくらいには見える」
「ちょっと、それどういう…」