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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
またしても失礼な物言いに物申そうと口を開きかけ、胸元でちりりと鈴が鳴り口を閉ざす。見れば、香夜の胸元には先程の銀の蝶が暗い赤色の紐に結ばれている。白い香夜の肌に、その赤と蝶はとても美しく映えた。
(つけて、くれたんだ…)
顔を上げ、口角を上げてこちらを見下ろす暗朱の瞳を見返す。一応お礼を言わなければ、と開きかけた唇を指先で押し止められた。じっと、顔から胸元までなぞるように降りて行く視線に熱が込み上げ肌が焼けるようだ。落ち着きなくそわそわすると明らかに馬鹿にしたように鼻で笑われて頬を赤らめる。熱の上がった頬を、唇に触れていた指先がそっと包んだ。
「猫の首輪に丁度良いだろう。喜べ」
誰が猫だ。喜べるものか。
むっとして眦を吊り上げ、睨みつける。ここで愛らしくにゃあとでも鳴いてやれば良いのだろうが、残念ながら賭けの事などすでに香夜の頭には、無い。
「私が猫なら、気に入らない時はまた引っ掻いてやるから」
「はっ、面白い。ますます以て猫だな。だがもうそんな事はさせん」
もうとっくに傷跡すら残っていない自分の左頬を撫で、須王が目を光らせる。
「二度とお前が俺に爪を立てぬよう、しっかりと躾け直してやる。これも飼い主の義務だ」
「誰が飼い主?そんなの、遠慮させて貰う…っんん!」
精一杯の虚勢を見透かしたように笑いつつ須王が顔を寄せる。意図を理解して横を向くも、大きな手に簡単に引き戻されて唇を奪われた。閉じた唇を強引に割り、押し込まれる肉厚の熱い舌。歯列をなぞり、呼吸を求め開いた歯の隙間から掬うように舌を絡め取られただけで身体の奥にじわりと熱が灯る。
強引に身体を開かせる時とは違う、ゆるりとした口づけ。それは咥内にも性感帯がある事を知らしめるように、巧みに香夜の思考を溶かしていく。
「ふっ…、ん…」
甘ったるい、鼻から抜けるような喘ぎ声が聞えてハッとした。今の声は誰だ。まさか自分か。正気に戻ってうろたえ、香夜は須王の分厚い胸板を両手で押し返す。
「んんー!!」
「……何だ」
むすっとしながら顔を離した須王に、真っ赤に染まった頬で指を突き付ける。
「ひ、人前でこういう事はしないでっ!」
「人?お前の他に何処に人がいる」
「っ、そういう屁理屈言わない!」