この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
離れとは中廊下で繋がった遊郭棟は、全部で三つの棟から成っている。
一つは遊女とその世話をする禿が生活する自室のある東棟。ここで遊女たちは勤めの無い昼の間の時間を思い思いに過ごす。
そして反対側にあるのが西棟。こちらには遊女以外の働き手が生活し、料理をする者、裁縫をする者、用心棒を兼任する力仕事担当の男衆などが寝起きしている。
その両翼のように広がった二棟の真ん中にあるのが九階からなる中央棟、豪華絢爛な遊郭の本丸だ。
下階は煌びやかな玄関口であり、客が夜を共に過ごす遊女を物色する為の格子窓の付いた回廊が延々と続く。回廊の外には美しく整えられた庭が広がっており、四季折々の草花を楽しめるよう庭師が丹精込めて手入れしてある。中ほどにあるのは人口の滝が落ちる池で、鮮やかな錦鯉が優雅に水を楽しんでいる様は目にも涼やかだ。
それら様々に趣向を凝らした装飾を施した廊下を進むと、中央棟の中心を貫くように続く螺旋階段が現れる。この階段を、客と遊女は上がって行く。行く先は言わずもがな、夜の相手を選んだ客が一夜の夢を見る為の部屋だ。それが二階から九階までずらりと並ぶ。
このそれぞれの階は、上に行けば行く程遊女の格が上がる仕様だ。当然、それを買う客の格も然り。
最上階で最高級の花魁を買う事を、男達は一度は夢見る。だがそれが出来る者はごくわずか、一握りの者だけだ。
香夜が訪れたのはそんな遊郭棟の中央、三階の渡り廊下を歩いている時だった。
離れとは異なり白漆喰の壁に赤く朱塗りされた柱や手摺りが鮮やかで、目に美しい。だがそれが却って色を生業とする建物である事を如実に表し、その猥雑で独特な雰囲気に圧倒されてしまう。そんな香夜を呼び止める声があった。それが彼女である。
「あの、どこに行くんですか…?」
「まあ、良いから良いから」
おずおずと尋ねると、前を歩いていた女性は空いた右手をひらひらさせる。彼女の左手はがっちりと香夜の右腕を掴んだままで、その細腕のどこにそんな力が、と思う程の圧だ。
(全然良く無いんだけど…)
無言で、香夜の着物の裾を掴みついてくる雪花をちらりと見下ろす。女性に強引に連行される形になった時にも特に何も言わなかった。害のある相手では無いのだろう、とは思う。そうこうしている内に女性は白い襖の前で足を止めた。