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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑

「さあ、ここだよ」


東棟の端部屋だ。飾り気のない襖が開かれ、とんと背を押されて勢いのまま中へ一歩踏み込む。途端、わっと四方八方から取り囲まれた。


「夕鶴っ!この子が例の?!」

「やだ、まだ子供じゃない!」

「馬鹿ねえ、色街でこの年頃を子供なんて言わないわよ」

「あたし菊月」

「あ、私は弥生。あなた楼主様のイロなのよね」

「見てほら、ガマ福の言った通りだわ!」

「本当、きれいな蝶ねえ。それに何と言ってもこの結い紐!羨ましいっ」


きゃらきゃらと声を上げ、女達は香夜の髪やら肌に触れ言いたい放題し放題だ。一方の香夜は突然の事態に固まってされるがまま。雪花に助けを求めようと視線を向ければ、いつの間にか香夜から離れ女達の輪の外で此方を眺めていた。完全に傍観者を決め込んでいる。

(う、裏切り者―!!)


「うわ……ちょ、むぐ!」


押し付けられた豊満な胸に顔が埋まった。花のような甘い香りと、白粉の匂いがしてくらくらする。男ならば垂涎の状況だが、このまま息が出来ないのは不味い。圧死、いや窒息する。


「ちょいとアンタ達!おやめ、怯えてるじゃないか」


ぎゅうぎゅうと複数の女に囲まれ、押し潰されて目を白黒させる香夜をひょい、と女性が襟首を掴んで摘み上げる。夕鶴のけちー、と文句を垂ながらも女達は大人しく香夜から一歩引いた。


「悪かったねえ。大丈夫かい?」

「ごほ…な、なんとか」


ようやく解放され咳き込みながら答えた香夜の背を、彼女は優しく撫でてくれる。


「強引に攫う様な真似してすまなかったね。皆、どうしても一度アンタに会ってみたいって聞かなくてねえ。ちょいと付き合って貰ったわけだ」

「はあ…」


彼女の言う皆、は香夜を囲むこの女達の事に違いない。二十畳程の大部屋の片隅で七、八人の女達が目を爛々と輝かせてこちらを見ている。視線に物理的要素があるなら、香夜の身体は穴だらけになっていることだろう。


「アタシはここで下級遊女をしてる、夕鶴ってんだ。アンタ、香夜だろう?」

「え……あ、はい…」

「ふふ。何で知ってんだ、って顔だね。今アタシら遊女の間じゃアンタの噂で持ち切りでねえ」

「噂、ですか?」


一体どんな噂だ。嫌な予感しかしないが、一応尋ねた香夜に思わせぶりに夕鶴が目を細める。



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