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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
「アンタ、これが何か知ってるかい」
「…………?蝶、の飾り…?」
「違う、この紐の事だよ。この色、何色に見える?」
何色、とはどういう意味だろう。
自分の胸元を見下ろし、首を傾げる。暗い、赤色だ。わずかに青を混ぜたような…渋みと艶を持ち合わせた美しい暗朱。どこかで同じ色を目にした気がして、記憶を辿った香夜はあっと小さく声を上げた。
「須王の、瞳の色に似てる…」
どうして気付かなかったのだろう。いつも見ている、あの獰猛な獣のような瞳の色だ。鋭く光る、その癖時折ふと穏やかな色を浮かべる、あの深い暗朱はこの結い紐の色とよく似ている。
ぽつりと零した言葉に、夕鶴は優しく頷く。
「その色はね、蘇芳色って言うんだ」
「すおう、色…」
「そうさ。この九泉楼じゃ、楼主様の許し無くアタシらはその色を身につけちゃいけない事になってる。着物も、帯も、飾りもね。だから、他の誰もその色を身に纏っちゃいないんだよ。アンタ以外はね」
それが、何よりもの証じゃないのかい。
ぽん、と香夜の肩を叩いた夕鶴に胸がいっぱいになった。賭けだとか、そんな事は今はどうでも良い。須王が特別を自分にくれた事が嬉しくて、思わずふにゃりと頬が緩んでしまう。
(私、何だか変だ)
好きでもなんでもない相手なのに、こんなにも心が揺れ動く。
「あーあー、嬉しそうな顔しちゃって」
「やだよ、アタシ等まで当てられちまうねえ」
「若いってのは良いねまったく」
あはは、と顔を見合わせ和やかに笑う女達に慌てて両手で頬を隠すとまたどっと笑われる。居た堪れなくなって小さくなりつつそっと女達を見やる。香夜を置き去りに、また須王の話を始める彼女らに、身体を売る悲壮感や陰鬱さ、生々しさを一切感じられない。第一、須王の悪口を口にしない。それどころか、彼の話をする彼女達からはどこか親愛というのか、温かなものしか無いように見受けられる。
(身体を売る事を、強要されている筈なのに)
恨んで然るべき相手なのではないのだろうか。不思議に思って、夕鶴の着物の袂を引く。
「あ、あの…」
「ん、何だい香夜」
「夕鶴さん、達は……須王の事を何とも思わないんですか?どうしてここで、その…身体を…」
「さん付けはいらないよ。敬語もやめとくれ、背中が痒くなってくる」