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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
心底嫌だというように顔をしかめ、己よりも若干低い香夜の顔を見つめる。
「ああ、で…楼主様が何だっけ、どうして遊郭で身体売ってんのかって?」
身も蓋も無い言い方をされて、気を使った香夜の方が顔を赤らめる。初々しいその反応を笑って、夕鶴はぐるりと周囲を見回した。
「どうしてもこうしても、アタシ等は皆楼主様のお陰でここに居られるんだからねえ。感謝しこそすれ、恨んだりする奴はいないよ」
夕鶴の言葉に皆が頷く。続いたのは菊月、弥生と名乗った女だ。それに他の女達も加わる。
「そうそう。旨い飯が食えて、暖かい布団で寝られる。仕事が終われば好き勝手出来るし、暴力振るう男は居ない」
「例え万が一いたとしても、そういう客はすぐに男衆に摘み出されて二度と門をくぐれないからね。ここは何処より安全なのよ。一体、他に何が必要だって言うの」
「わたしは知らないけどね、先代の楼主様はそりゃあ酷かったって言うじゃないか。それに比べれば、現楼主様様だよ」
「そうだよ。それに仕事に関しちゃ、私たちもイイ思いさせて貰ってるしねえ」
「はは、違いない」
再び笑い出す女達を顎で示し、ほらね、と夕鶴は笑う。
「こういう事さ。そりゃあね、ここへ来た当初は腹も立ったさ。どうしてアタシがこんな場所で妖相手に股開かなきゃなんないんだ、ってね。でもそうしなきゃアタシ達は次に進めないんだ。沼に呼ばれて、自分からここへ来た。アンタだってそうじゃないのかい?」
「いえ、私は…」
説明しようと口を開きかけた時、突然すぱん!と乱暴に襖が開いた。
「何をこそこそしておるのかと思えば…このようなごみ溜めで何の集会かえ?」
神経質そうな高い声で居丈高に言い放ったその人物は、空気にさえ触れるのも嫌だと言うように流眉をひそめて口元を着物の裾で覆う。
(誰…?)
美しい女だ。
白い透き通る様な肌、長い睫毛に彩られた赤灰色の目、その目尻に乗せられた紅が匂い立つような色香を漂わせている。今は不愉快そうに寄せられた眉は細く整えられ、眉と同じ色の高く結われた艶のある髪にはいくつもの簪が刺さっていて見るからに重そうだ。身につけている着物も着方こそ夕鶴達と同じだが、生地の上等さが違うというのは容易に見て取れる程きらきらしい刺繍がされている。