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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
一見してただの、見掛けの上等な遊女だ。だがしかし彼女には他の遊女達とは全く異なる箇所が一点、あった。
(この人、鬼…なんだ)
顔の両脇に垂らした髪型のせいで、形の良い額が露わになっている。その額の中央上部に、つんと尖った白い角が一組並ぶ様に生えているのだ。随分と小振りだが間違いない。
夕鶴達には無かった、立派な鬼の角だ。まじまじとその部分を見つめていれば背後から襟首を引かれる。夕鶴だ。
「夕鶴さ…」
「大人しくしておいで」
言葉を遮って、夕鶴が女達の輪の中から一歩踏み出した。
いやだ、貴蝶じゃないか。どうしてここにあの女が。ざわつく菊月たちを庇うように、女達と香夜を背に隠し身体の向きを変え仁王立ちで腰に手を当てる。
「これはこれは貴蝶花魁様。貴女のような高貴なお方が、こんなごみ溜めに何の用で?アタシ等とお茶でもしに来られたんですかねえ」
「ふん、誰がこのような紛い者の住処で茶など飲むものか。汚らわしい」
嫌味をたっぷりと含んだ返事に汚らしいものを見るような目で顔を歪め、吐き捨てる。その様子に即座に「貴蝶」=「嫌な奴」認定をした香夜の耳元へ弥生がこそりと背後から囁いた。
「あれは最上階で客を取ってる貴蝶って花魁なんだけどね。わたし等下級遊女を毛嫌いしててねえ、特に夕鶴とは犬猿の仲なのよ」
成程、と香夜は頷く。花魁と言えば遊女の中でも上位の者を特定して差す号だ。花代は高く、一見客では到底夜を買う事など出来ない。その上客を選ぶ特権を持っている為、いくら金を積んでも花魁本人が客を気に入らなければ夜どころか顔すら拝めない。器量、芸妓、作法、そして房事を収めた遊女の最高峰だ。気位の高さは納得出来る。だがしかし、それだけの理由にしてはやや嫌悪の度合いが酷くはないだろうか。
尋ねると、別の女が苦笑しながら肩を竦める。
「そりゃあね。貴蝶は鬼成りだから」
「………?」
(鬼成り……?)