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鬼の哭く沼
第4章 それぞれの思惑
「アタシ等は職業柄、鬼の相手もするからね。縁起担ぎみたいなものもあって、この子のような立場を嫌う者が多い。…全く、可哀想な話だよ。生まれたこの子等には何の罪もないのにねえ」
頭を撫でながら、夕鶴は何かを思うように目を細める。
「楼主様はそういう子等を手元に置いて、離れで下働きをさせていてね。日頃はアタシ等とはそうそう顔を合わせないんだ。そうやって子等を守っておいでなんだろうねえ。だから皆、楼主様にはよく懐いているだろう?」
「…はい」
あの、須王が。
赤い燃える髪を揺らす後ろ姿と、彼に無邪気にじゃれる双子の姿を思い出して胸が詰まった。
「優しい御方なんだよ、あの方は。アタシ等の中にも、アンタ達双子に良い態度は取って来なかった者も多いだろう。今まで不快な思いさせちまってたかもしれない。すまなかったね。これからは香夜と一緒にいつでもここへ遊びにおいで」
いつでも歓迎するよ。
そう言って、少し腫れの引いた二人の頬を指先で軽く突いて笑った。
夕鶴達遊女に見送られ、離れへと戻る廊下。
香夜はその腕に雪花を抱いたまま、長い廊下を歩いていた。陽は暮れ始め、建物の軒に連なる楕円の赤提灯に灯が入っている。下階からはとたとたと忙しない足音が行き来する音が聞え、華やかな夜を迎えようと九泉楼は俄かに慌ただしい空気を漂わせる。
そんな空気から少し距離を置き、離れへの渡り廊下を進む香夜は腕の中の雪花にこつんと額を当てた。
「ねえ、雪花」
「………?」
首を傾げる幼子に、そのままの姿勢でぽつりと問うた。
「寂しくは、無い?」
母を知らず、己の片割れと共に遊郭で暮らす幼い少女。家から離れ、異界に迷い、夜毎ふとした瞬間に心細さから家族や友人を思い涙する自分と、どこかを被らせて香夜は尋ねる。
不思議そうな表情を浮かべた少女はしかし、ふっとはにかんで言った。
「風花がいる。主さまと、くくり様と、ねね様も。それに…ゆうづる、も。遊びに来て、いいって」