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鬼の哭く沼
第2章 宵ヶ沼
全身が温かくて柔らかなもので包まれている。熱を持った額にひやりと冷たいものが置かれ、それが酷く心地良い。
睡みの中でうっすらと微笑んだ頬を、誰かの指がぎこちなく撫でる。その感触がくすぐったくて首を竦めて微笑めば、指は一瞬止まった後、離れていった。
もっと、触れていて欲しいのに。
離れてしまった指先の温もりが恋しくて、眠りの縁から意識を持ち上げる。だが如何せん瞼が重い。
思いのほか目を開ける事に苦心し、ようやく薄らと開けた視界には赤みを帯びた橙色の光が映り込んだ。明る過ぎない照度が逆に、今の香夜には有り難い。頭の奥が痺れたように痛み、瞬き一つするだけでジンと目の中まで響いてくる。
どこだ、ここは。
目の奥の痛みをやり過ごしてぐるりと視線だけ巡らせる。
やたらと広い和室だ。香夜はその部屋の中、重ねた布団に寝かされていた。暖かな橙色の光は枕元に置かれた行灯の明かりで、傍らには水の張った桶が置かれている。それで額に感じる冷たく湿った感触が、手拭いだとわかった。
まるで、長い夢を見ていたようだ。
熱を出して寝込んだ時のように、全身がだるくて仕方無い。
一体自分は何をしていたのだったか。自分の身に何が起きたのだったか。原因を思い出そうとして、はたと記憶がよみがえった。
そうだ、水の中に落ちたのだ。
野犬に追われ逃げ惑った先、暗闇の中そうとは知らずに飛び込んでしまったのは…
「まさか…黄泉ヶ沼…」
「目が醒めたか」
「…っ……!!」
不意に聞えた男の声に驚き、勢い良く身体を起こした途端ぐらりと世界が回る。眩暈を堪え込み上げた吐き気に俯いて、必死に喉までせり上がる酸い液体を飲み込んで噎せた。