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鬼の哭く沼
第5章 忍び寄る影
「いっやあ、エライすいまへんでしたなあ」
本当にすまないと思っているのか甚だ疑わしい口調でそう謝罪を口にし、二本足の蛙はへこへこと頭を下げる。両生類の無感情で大きな目が忙しなく、ばちりばちり、と瞬いた。
「客商売っちゅうんわ情報が命ですさかいに、仕入れた特ダネをちょいと売りネタのつもりで披露させてもろたんです。それがあないな事になるなんてとんと思いもよらず…ホンマ、申し訳ない事をしましたなあ」
「本当にすまないと思っているのならば、今ここで油絞り出せ蛙」
「それは無理な話でっしゃろ。第一蝦蟇の油っちゅうんは本当に蛙の身体から出るもんじゃ…あいたたたた!ちょ、痛い!痛いでんがな須王の旦那っ!!頭潰れる…!」
「はっ。良い気味だ、油残して潰れてしまえ」
ぎりぎりぎり。鋭い爪を備えた須王の大きな手で頭を鷲掴みにされ、悲鳴を上げたガマ福は命からがらといった体で逃げ出す。こげ茶色のぬめりを帯びた顔からは、文字通り脂汗が滲んでいる。それに触れたくなくて、香夜は手拭で汗を拭く蛙からそっと身体を離した。
翌日。
朝餉を終え、双子に請われてお絵かきをしていた所へ須王が珍しく九繰を伴って現れた。普段須王は香夜の部屋に九繰が近づくのを嫌がるのに、珍しい事もあるものだ。そう不思議に思っていれば、身体の大きな二人の後ろに行商の蛙の姿もあってさらに香夜は首を傾げる。来訪の理由を尋ねると、須王に脅されたガマ福が白状した。
先日の行商の後、香夜の部屋を出て向かった中央棟で他の遊女達に香夜の話をした、というのだ。
ガマ福曰く、須王のお気に入りと同じ着物を着るのは遊女にとってのステータスのようなもの、らしい。あわよくば自分も寵愛のお零れを貰おうという女心を狙っての事だ。…が、思うようにはいかなかったようだ。それもその筈、良い着物や宝飾はその分値も張る。下級や中級の遊女がそうそう手を出せる品では無い。
兎にも角にもそのガマ福の逞しい商売魂の所為で、須王がイロを囲った事、香夜に「蘇芳」を贈った事が夕鶴達遊女や、果ては貴蝶にまで話が及んでしまったという。
その件に関して、須王は大層ご立腹のようだ。ガマ福の土下座を憤然と見下ろしている。