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鬼の哭く沼
第5章 忍び寄る影
にやりと笑う九繰の言葉に、須王が焦って声を荒げた。その声音にびくりとガマ福が震え上がったが、九繰はどこ吹く風。長年の友人を名乗るだけの事はあるようだ。香夜の呟きに大仰に頷いた。
「左様。この儂にまるで犬のように蛙の居場所を探せと申してな。朝早くから連れ回されたわ。挙げ句見つけたガマ福を吊るし上げて、謝罪しろ、本物の蝦蟇の薬を今すぐに寄こせ、傷一筋霞程も残ろうものならば黒焼きにしてやるとそれはもう凄まじい剣幕でのう」
「っ、黙れと言っているだろうが、この化け狐め!!」
怒号と共に香夜の視界を掠めて何かが飛んで行く。香夜を挟んで座る九繰目がけ投げられたそれは容易に避けられ、壁に当たった瞬間木端微塵に砕け散った。白い粉末と化したのはどうやら、香夜がお茶を飲もうと用意していた湯呑だ。
「あ…ぶな…っ!こんな物投げて当たったら…」
あんな勢いで投げられれば、この至近距離でも立派な凶器だ。当たればたんこぶ一つでは済まない。
九繰はともかく双子にでも当たったらどうしてくれるつもりだと傍らの鬼を見上げる。不貞腐れたように腕を組み座る須王の眉間には、これでもかと深い皺が寄っていて機嫌の悪さは最高潮に達しているようだ。
(触らぬ鬼に祟り無し、なんて)
目視出来そうな怒りのオーラに口を噤み、香夜は仕方なく双子に新しい湯呑をお願いする。
「ごめんね。雪花、新しい湯呑持って来てくれる?私達のと、九繰と須王の分…あ、あとガマ福さんの分も」
「いや、結構じゃ香夜。須王と蝦蟇のは要らぬ。すぐにここを出る故」
「あ、そう…」
という事は九繰は部屋に残るということだ。それも須王の機嫌が悪い原因の一旦であろう。今の言葉に怒りのオーラがまた一回り大きくなったようだ。
「えっと…じゃあ湯呑は四つ、お願いね。一緒にお菓子食べよっか」
「っ、あい!」
お菓子、の一言にぱっと顔を輝かせた雪花が片割れの手を引く。仲良く手を繋いで部屋を出て行く二人を見送り、香夜は肩を竦める。癒しが消え、一気に部屋の空気が重くなった様な気がするのは、多分気のせいでは、無い。
「はあ……」
「香夜」
疲れたように溜め息を吐くと九繰に名前を呼ばれ、まだ何か用かと振り返る。すると白皙の整った顔が目の前に迫って、香夜は息を飲んだ。