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鬼の哭く沼
第5章 忍び寄る影
ガマ福が去って暫し、香夜は一人廊下を歩いていた。
九繰と二人きりにされてしまった広い部屋の、何とも言い難い妙な空気に早々に耐えきれなくなった結果だ。にやにやとそれはもう薄気味悪い程、もの言いたげにこちらを伺う視線には辟易してしまう。
「風花と雪花も帰って来ないし…」
何度目かも知れない溜め息が唇から洩れる。
湯呑と茶菓子を取りに行った筈の双子の帰りも随分と遅い。しっかりとしたあの子たちの事だ。途中何か問題があったとは思わないが。
二人の様子を伺いに行く、という名目の元、厨房の有る遊郭棟との境廊下をふらつく。遊郭棟の中へは双子を伴わなければ立ち入り禁止だと須王からお達しが出ている為、離れと遊郭棟を繋ぐこの廊下までが香夜の自由行動が許される範囲だ。鮮やかな朱色で彩られた遊郭棟とは異なり、光沢のある無垢で出来た手摺りがすらりと続く廊下は落ち着いた雰囲気で、華美過ぎず好ましい。
昼餉が近いのだろう、どこからともなく味噌の良い香りが漂ってくる。パタパタと、忙しなく室内をかける足音も。生活音とでもいうのか、そんな音が今は酷く心地良い。
部屋から大分離れたところで足を止め、手摺りに凭れかかった。よく見れば手摺りには細やかな細工が施されており、柔らかな曲線を描く唐草模様が美しい。その細工から階下に咲く、薔薇に似た名も知らない淡い黄色の花に目を移して行儀悪く頬杖をつく。そのままずるずると体重をかければ、重力に従ってぐいっと頬が歪む。今の自分の顔はきっとひどい顔をしているのだろう。こんな姿を須王が見たら嘲笑と共に、「不細工め」の一言くらい飛んでくるに違いない。
(いや、不細工どころか人前に出るなとか、視覚の暴力だ、とか…もっとけちょんけちょんに言われるかも)
そこまで考えて、何だかむかむかしながら眉間に深く皺を寄せる。想像の中で自分を扱き下ろす須王に、では無い。
何故、須王が見たら、なのだろう。客観的視線を敢えてあの鬼にした、自分の思考に腹が立つ。あの鬼がどう思うかなんて関係無いではないか。嘲笑われようが、不細工と罵られようが、知った事では無い。寧ろ構われない方が清々する、筈だ。