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鬼の哭く沼
第6章 朔月に濡れる赤
とん、とん、とん。
微睡む意識の端で、物音がする。気の所為かと浮上しかけた意識をそのまま手離そうとするも、再度同じ音が、同じ感覚で耳に届いた。
とん、とん、とん。
仕方なく心地良い眠りの淵から苦心して意識を持ち上げ、ゆっくりと瞼を持ち上げる。ぼんやりとした頭のまま、行灯の火を受けたほの明るい天井を、次に白い土壁へと目の焦点を合わせていく。それから視線を落として、仰向けに眠る香夜の両腕に子猫のように丸まって寄り添う温かな双子の身体を確認する。
規則正しく上下する小さな身体と、聞えてくる安らかな寝息。布団に入った時は随分と興奮していたが、今はよく眠っているようだ。思わず笑みが零れた。
とん、とん、とん。
再度、音が響く。今度は控え目とは言い難い音量のそれに、眉を顰める。誰だ、こんな時間に。二人が起きてしまったらどうするつもりだ。音は寝具の左側、廊下に面した襖から聞えてくる。一瞬、須王かとも思ったがすぐさまそれを否定した。ここは須王の自室で、香夜はイロだ。須王ならばわざわざ襖を叩いて知らせるなどという回りくどい事はせず、遠慮無く入室する筈だ。ならば、一体誰だ。
眠りについてどれくらいかわからないが、こんな夜更けに訪ねてくるなんて一体どこの不作法者だろうか。応えたくはない…応えたくはないが、このまま放っておいても諦めてくれそうに無い。襖の向こうからまんじりとも動こうとしない気配に、それを察して溜め息をついた。
ゆっくり、ゆっくりと細心の注意を払って布団から身体を起こす。香夜の身体一つ分の穴が出来た上掛けをそっと直し、双子を覗き込んだ。可愛らしい寝顔。変わらない寝息にほっとして、擦り足で襖の前に立った。
「誰?」
「…………」
小声で襖の向こうに尋ねる。が、応えは無い。もう一度尋ねる。
「誰なの?」
「…………」
やはり応えない。眉を寄せ、襖に近寄って気配を探る。
「ねえ、誰?……須王?」
有り得ないとは思いつつも彼の鬼の名前を呼ぶと、気配が少しだけ反応した。
「……そうだ、須王だ」
聞き取り辛い、掠れた低い声。だが確かに須王の声のように聞える。思ってもいなかった相手に、香夜は驚きよりも先に訝しんだ。