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鬼の哭く沼
第6章 朔月に濡れる赤
須王?須王がどうして襖を叩くなんて真似をしたのだろう。香夜を起こす為?いや、それはおかしい…いつも勝手に入って、勝手に布団に潜り込む癖に。双子が一緒だと知って、気を遣って?それこそ有り得ない、わざわざそんな気を遣うくらいなら最初から部屋に来たりなどしないだろう。そもそも、用事があるなら何故いつまでも部屋に入って来ない?こうして襖越しに会話など、須王らしくもない。
「どうか、したの?」
「………ああ、した」
声、須王はまたもぽつりと応える。普段の覇気は何処へやら、今にも消えてしまいそうな不安定な声音だ。これは本当におかしい。良くわからない不安に駆られ、意を決して襖に手をかける。そしてそっと、ほんの少しだけ襖を開けた。隙間から見えるのは背の高い影と、暗闇に染まったいつもより色濃く見える赤い髪。廊下が暗い所為か、俯いた顔色は伺えない。
「えっと、取り敢えず…部屋に入る?」
「…いや、入らない」
もう少し、襖を開ける。するとかぶりを振って須王は襖から一歩距離を取った。部屋から洩れる行灯の明かりで顔を見れるかと思ったが、その動作でまた須王の首から上が影になってしまった。じゃあ、どうしたいのだと問うと須王はまた一歩、香夜から離れる。
「一緒に、来い」
「は?今から?こんな時間に?」
眠る双子を起こさないよう、小声で話していたがつい声が大きくなってしまい慌てた。見せたいものがある、一緒に来い、と須王は言ってまた一歩。今度は胸から上が影に隠れる。何なんだ一体。何がしたいんだ。いつもだってこの破天荒な鬼を理解出来ていないが、今はより一層意味不明な行動を取る須王に段々苛々してきた。
「…わかった、行くから。でも少しだけだからね。ものすごく眠いし」
逡巡する事暫し。折れたのは香夜だ。怒っても仕方ない。いつだってこの鬼はしたいようにして、それを香夜にも押し付けるのだから。だったらその見せたいものとやらを見て、さっさと用事を済ませた方が利口だ。
物凄く、をやたら強調して言ってからちらりと背後を振り返る。ほんの少し離れるだけだ。二人が目を覚ます前に絶対に帰って来てやる。