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鬼の哭く沼
第6章 朔月に濡れる赤
双子に挟まれて眠る温かな寝床に後ろ髪を引かれながらも、そう決心して香夜は廊下へと出た。何だか随分と暗い…見ればすぐ外に置かれた飾り行灯の火が今にも消えそうな程小さい。真っ暗な廊下の先を見やれば、少し先にある行灯も同じくうっすらとしか灯っていない。いつもはもっと大きな火なのに。油を足し忘れたのだろうか。廊下が暗いのはこれの所為か、と納得しながら無言で先を歩き出した須王の大きな背を追った。
(おかしい…どうしてこんな場所に連れていくの?)
異変に気付いたのは、須王が離れから境廊下を抜けて中央棟である遊郭へと向かったからだ。今宵は朔の日。遊郭は休業している。普段は煌々と赤い提灯を灯し、賑やかに飲めや唄えやのドンチャン騒ぎから艶やかな色事が催される棟も今は暗くしんと静まり返っている。動くものは須王と、それに続く香夜だけ。何処へ行くのかと何度も尋ねたが、一緒に来い、の一点張りで何の説明も無い。奥へ奥へ、香夜が行った事の無い方向へとどんどん進んでいく。休みだからだろうか、足元を照らす行灯の数も少ない上にどれも小さな火しか灯っていない所為で何度躓いて転びそうになった事か。いい加減、須王など放っておいて帰ってやろうかと思い始めた頃、ようやく前を行く須王の足が止まった。
「…ここだ」
「ここ?え…何、ここ…」
廊下をひたすら進んだ先、突き当たりの死角に質素な木戸があった。色部屋からは離れているようだが、装飾華美な遊郭の建物からは随分浮いた造りをしている。ぱっと見、物置のようにしか見えない。こんな場所で、わざわざ夜更けに人を起こしてまで何を見せたいというのか。訝しむ香夜を余所に、須王は木戸を開くとその中へと身を滑らせる。中は廊下よりも暗いのか、ぽっかりと四角く闇が口を開けた。
「香夜」
先の見えない暗闇への原始的な恐怖に入室を躊躇する香夜の名を、須王が呼ぶ声がする。半ば諦めの境地で、二の足を踏む心を叱咤して木戸を潜った。
潜った瞬間に肌を薄い布が撫でる。紗がかけられていたようだ。紗が灯りを遮っていたのだろう、布地を越えれば室内はほんのり明るい。部屋の隅でゆらりと蝋燭が揺れて、壁に映った二人分の影が不気味に動く。