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鬼の哭く沼
第6章 朔月に濡れる赤
「やっ、やだ……!」
布は生き物のごとく香夜の手足をきつく縛り上げ、四方の燭台へと端を結んで止まる。渾身の力で暴れ、手足を引いても一層きつく締まるだけで緩む気配は無い。恐慌状態に陥った香夜は狂ったように身体を動かした。嫌だ、誰か助けてと懇願する香夜を無感動に見下ろす須王だったもの。それが目の前でぐにゃりと輪郭を歪め、見る見る内に姿を変えていく。
高かった背は縮んで中背に。豪奢な着物は色を変えて蠢き、何者かの身体の表面を覆って黒い体毛へと。精悍である筈の顔は見る影も無く、くしゃりとつぶれてその表面には深い皺、ぎょろりと目ばかりが大きく目立つ赤ら顔へと。悲鳴を上げる余裕すら無く、禍々しい変化を見せつけられた香夜は、まるで猿のようだ、と頭の片隅で思う。その猿にしては大きく、醜悪な化け物は震える香夜の身体に覆い被さる様に腰を跨いで座り、唐突に夜着を掴むと左右に開いた。
「………っ!」
乱暴に晒される上半身。零れた胸の膨らみを毛深い両手がわし掴んだ所で化け物の意図がはっきりと理解できて、戦慄する。まさか、この化け物は自分を。
餅でもこねるように何の感慨も無く、女である事をただ確認しただけだと言わんばかりに揉まれる胸。指先が肌に喰い込んで尖った爪が当たり酷い痛みが走った。痛みだけではない涙が目尻を伝い落ちていく。懸命に身体を捩るも縛られて固定された状態では抵抗らしい抵抗など出来る筈も無い。化け物は香夜の身体を抑え込み、掴んだ胸の先端へと吸いついた。
「ひいっ…」
蛞蝓のような感触に全身を鳥肌が覆う。そのままじゅるじゅると聞くに堪えない音を立てて吸われ、込み上げるのは快感とは程遠い激しい悪寒だった。部屋を埋め尽くす甘い匂いに混じり、獣特有の生臭さが込み上げる吐き気を更に酷くさせる。
目を見開いて悲鳴を上げ、脳裏に浮かぶたった一人に向けて助けを求めた。
助けて、助けて、お願いだから。
誰か、ではない。恐怖に染まった香夜が呼んだ名は、たった一つ。
「やっ、やだ…助けて須王……須王!!」