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鬼の哭く沼
第6章 朔月に濡れる赤

「楼主様がこのような場所に来られる筈がなかろう、愚かな小娘め」


しかし答えたのは望んでいた相手とは異なる、至極愉しそうな女の声。


「ほほ、良い眺めだ事。猿に組み敷かれて…なんと浅ましい。だが泥棒猫には似合いの相手。ケダモノ同士仲良うまぐわうが良かろう」


しゅるりと衣擦れの音をさせ、嘲るように唇を歪め香夜を見下ろしているのは艶やかな着物姿の貴蝶だった。より濃くなる甘ったるい匂い。ああ、そうだ。何処かで嗅いだ事があると思ったのは以前この女と会った時に嗅いだからだ。どうして、と唇から洩れた声に冷然と笑みを浮かべていた貴蝶が憎々しげに顔を歪める。


「どうして、じゃと?間抜けな小娘め、このわたくしを愚弄した事決して許さぬと言ったであろう。麗しき楼主様…あの方を篭落するなど大罪に等しい…傍らに侍る事を許されたのはわたくしのみ。そなたのような小娘ではなく!」


声を荒げて言い放つ貴蝶に、香夜はただ茫然とする。そして次第にひやりとした感情が胸に広がっていった。つまりこれは全て貴蝶の企みであったという事だ。それも、全ては香夜への嫉妬故に。
女の嫉妬とはこんなにも激しく醜いものなのだろうか。醜く、そして憐れだ。怒りや、恐怖や、様々な感情でぐちゃぐちゃになった頭の片隅で、ほんの少しだけ貴蝶を可哀想だと思った。


「何じゃ、その目は…」


香夜のそんな心が伝わったのだろうか。感情を逆撫でされた貴蝶が般若の様に形相を歪め、香夜の横に腰を屈めると夜着の帯に手を伸ばす。そのままするりと引き抜くと申し訳程度に素肌を覆っていた布は床に流れ、化け物の眼前に裸を晒されてしまった。
込み上げる羞恥と、嫌悪と。息を飲み身体を捩ると乳房を啜っていた猿の動きが止まった。べったりと唾液を残しつつ醜い顔が離れていく。解放にほっとするのも束の間。ふんふんと鼻をひくつかせた猿は香夜の胸から臍、そこからさらに下へと顔を移動させながら匂いを嗅ぎ、無理矢理開かされた足の間まで降りるとにたりと笑った。
化け物に、あられも無い場所の匂いを嗅がれる恐怖から一際大きく悲鳴を上げた香夜だったが、その声も強引に口へ異物を押し込まれ途切れる。貴蝶が引き抜いた帯を丸め、香夜の口を塞いでいた。




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