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マスター・ナオキの怪店日記
第3章 新天地を求めて
 面白い事言うな、と尚樹は少し眉を持ち上げた。
 心が落ち着く。薄暗い中に灯る淡い光を見てそう感じる人は多々いる。が、空気が澄んでいるという人は滅多に、いや、少なくとも尚樹は出会ったことはない。
 今は禁煙の店が増えたが、バーでよく見かけた光景である煙草をくゆらすという行為が頻繁にあった頃は、空気が淀んで息苦しさのほうが勝っていたのに。
「初めてですよ、空気が澄んでいるなんておっしゃるお客さんは。タバコは吸わないんですか?えっと・・」
 そこまで喋ってから、名前を知らない事につい言葉が詰まってしまった。
「あ、そうでしたね、名乗っていなかったですね。私たち長澤と申します」
 まだ店に来たのは今日で二度目なのだから、尚樹が名前を知らなくても当然のことなのだが、夫婦と話しているとなんだかもっと奥へもっと奥へと引っ張られる感じがして、思わず名乗らせるよう誘導する形になってしまった。
「すみません、なんだか催促したみたいに名乗らせてしまって」
 少々過ぎたかなと肩を縮めた尚樹に長澤は、
「いえいえ、気になさらないでください。名前を聞いていただけたってことは私たち夫婦を受け入れてくれたんだって、勝手に解釈させてもらいますから」
笑い声をあげる夫につられて妻もコロコロと笑い出し、
「夫は信彦、私は照美といいます。どうぞよろしくお願いします」と自己紹介してぺこりと頭を下げた。
「のぶひこさんとてるみさん。そう呼ばせていただいてよろしいですか?」
もちろんです、と長澤夫妻はハーモニーを奏でるようにそろって返事をした。



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