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透明なリーシュに結ばれて
第13章 desertion
 僕は金魚の糞のように下田……というと何だか変なので陸男の後に付いていった。もちろん僕はこの男が誰なのか知っている。陸男が自分のことを下田と名乗ったとき、僕の心臓が止まった(正確には心臓がとまりそうだった)。
 どこに向かっているのかわからないが、僕と陸男の間には会話などなかった。陸男の後に付いている僕は、辺りの風景を見ることができなかった。僕は、陸男はどこをどう歩いているのかわからない。
 十分くらい歩いたところで(時間の感覚もなくなっていたので多分……十分)、陸男は昭和レトロの喫茶店に入った。ここで逃げ出すわけにはいかない。僕も陸男の後に続いた。
 店の中に何人客がいるのかわからない、というか目に入らないのだ。これから何が起こるのかが大体想像がつく。緊張……ではない、恐怖……でもない。何だか体の力が抜けた妙な気分だった。
 僕と陸男は向かい合って席に着いた。あえて陸男は僕の正面に座ったのだ。陸男の覚悟がわかった。
 店員がメニューと水を持ってやってきたが、陸男は僕の飲みたいものなど無視して「コーヒーを二つ」と店員に言った。僕は店員の顔を見ることもできなかった。
 目の前に置かれた水の入ったコップに手を伸ばすことができない。そして妙な沈黙が流れる。おそらく陸男はコーヒーが運ばれてくるまで何かを話すことはないだろう。陸男の話が簡単に済むわけがないからだ。
 陸男は僕のことをずっと見ていた。僕はと言えば……実は僕も陸男のことを窺っていた。そう言えば陸男もコートなど羽織っていなかった。そういうことを今気付く。
 ようやくコーヒーが二つ運ばれてきた。二つのコーヒーは、口がつけられることなく冷めたまま店員さんが下げることになると思う。
 店員は「どうぞごゆっくり」と言った。僕は陸男とゆっくり時間を過ごしたいとは思わない。
「坂口君」
「はい」
「これから私が君に話すことは、君にとっては耳が痛い話になるだろう。あっ、その前に私は君と話し合いに来たわけではない。今から私が話すことは、君への命令だと思って欲しい。もちろん、命令に君が従わなかった場合は、君は大きなペナルティを背負うことになる。間違いなくそのペナルティは君の一生を台無しにするだろう。幸い私は君の生涯なんかに何の興味もない。つまり君がどうなろうが私のしったことではない、ということだ」
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