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透明なリーシュに結ばれて
第3章 再び
「練馬からY温泉まで休憩無しよ。おしっこなら今しておいてね」
「大丈夫です!」
 声が大きくなった。僕は子供じゃない。
「それから一つだけお願いがあるんだけど」
 帆夏は僕をじっと見てそう言った。
「何でしょうか」
 大きな声で僕は訊ねた。
「チラ見とか止めてね」
「はっ?」
「私、運転に集中したいの。だから横から私の胸を盗み見するようなことされると。やっぱりそれ気になるのよ。だからお願い、それだけは止めて」
「すみませんでした」
 声のトーンが下がった。
 バレていたのだ。僕が帆夏の胸を見ていたことが。恥ずかしいけど逃げ場はない。高級外車のコックピットの中で、僕は何とか存在というものを必死に消そうとしたが、そんなことは無理に決まっている。だから僕は呼吸することにも注意して、ひたすら身を縮めるようにした。
 黒のBMWは低速からストレスなく一つ一つギアを上げていく。エンジンが唸らなくてもとても真っ当で高価な仕事を繰り返し、車を前へ前へ進める。
 甘いコロンが漂う優雅な空間、心地よいシート。そして隣には帆夏。完璧だ。完璧すぎる。ただ車内が冷凍庫の中にいるみたいに寒い。高価な車が車内気温を間違えるはずはない。気のせいか、それとも僕は何かに怯えているのだろうか。
 帆夏は、車のライトが映し出すラインを、ややスピードを上げて無駄なくトレースしていく。アクセルワークもハンドリングも美しい。
 だからというわけではないが、車内は無音だ。音楽も無し、帆夏と僕が何かを話すということもない。帆夏の緊張が僕の胸に伝わってくる。
 十時十二分、横に広がったパソコンのようなコックピットのデジタル画面が時間をそう知らせてくれた。
 練馬から高速に乗った時間が確か八時五十分頃、今車は長いトンネルを走っている。おそらくあと数十分でY温泉に着くだろう。
 嬉しいのか、嬉しくないのか、僕はとっても複雑な気分で帆夏の隣で身を小さくしている。里奈と帆夏。何だか胸がざわざわしてくる。
 間違いなく里奈に会うことなんかできない。そのことを帆夏はわかっているはずだ。だったらどうして帆夏はY温泉に行きたがるのだろうか(実際Y温泉に向かっている)。
 わからない。僕はもう何が何だかわからない。
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