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透明なリーシュに結ばれて
第10章 瓦解のとき
 予想通り店内は大勢の客で賑わっていた。三十分ほど待てるかと女の従業員に訊ねられた。帆夏は「大丈夫」とその従業員に答えた。それだけでなく帆夏は従業員に何か耳打ちしていた。帆夏が従業員に何を言ったのか僕にはわからない。
 でも二十分ほどで僕と帆夏は席に案内された。オーシャンビューを堪能できる最高の席だった。ひょっとしたら帆夏はこの席をねだったのかもしれない。
 メニューを見てもわけのわからないカタカナが並んでいて、結局僕は帆夏と同じものを頼んだ。
 帆夏は水を一口口に含むと、敏腕捜査官(少なくとも僕にはそう見えたのだ)のように僕の顔を覗き込んできた。
 僕には少々……いや若干……ちょっとだけやましいところがある。絶対にしゃべるなよ。どんなことがあってもしらを切りとおすんだ。と僕は僕に呼び掛けた。
 帆夏は無言で僕の顔を覗き込んでいる。冷や汗ってマジで出るんだと思った。シャツの下で汗が胸からお腹に流れていくのを感じた。お店のエアコンは壊れていないはずだ。
「翔君、君めちゃくちゃわかりやすいんだけど」
「……」
 何も言うなと僕のどこからか指令が出る。
「ものすごく充実している顔ね」
「充実?」
「そう、充実」
「……」
 無言。
「女?」
「……」
 やばい、息をするのを忘れていた。
「雌を追いかける尖った目が今の翔君にはないわ。つまり」
「つまり……」
「今翔君には翔君を満足させている女がいるということよ」
「……」
 うんともすんとも言えない。何かを言えばぼろが出る。僕はそういう男なのだ。
「大当たりかな」
 じろりと帆夏の大きな目で見られる。冷や汗がシャツの下で滝のように流れている。
「いや……ちょっと」
「いや、ちょっと。ふふふ」
 帆夏が笑ったそのとき「おまちどうさまでした」と店の従業員が料理を運んできた。助かった。まじでこの料理に助けられた。しかしこの料理は何だ。帆夏がたのんだのは確かシーフード系のパスタだと思うが。もうわけのわからないカタカナなんて入れないで堂々とシーフードパスタにしてもらえないだろうか。それとも僕は時代という捉えどころのない早熟の空間から取り残されてしまったのだろうか。
 そうならばそれでいい。そんなちまちました流行りに僕は関心がない。
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