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海鳴り
第8章 海風
武は寂しくないのだろうか…


律子はいつも元気な武の笑顔を思い出した。


「さあどうぞ」


亜紀は慣れた手付きでカウンターに次々と料理を並べ、ビールをグラスに注いでゆく。


「それじゃ乾杯しましょうか」


亜紀の言葉に、春子が手にしたグラスを目の高さに上げた。


「今年は一人ぼっちじゃない亜紀さんと、…何もない波浜町でイブを過ごすハメになった律子先生に…」

「まあ、うふふ…それじゃあ、…私に無理やり付き合わされた春子さんと律子先生に…」

「3人の素敵な夜に」

「はい乾杯」
「かんぱーい」
「乾杯~」


3人は賑やかにグラスを交わした。


「先生まだ外は風が強いですか?」


春子が一口飲んだグラスを置きながら律子を見た。


「それが、さっき急に止んだんです」

「あぁ、やっぱり」

「…やっぱり?」

「海風は夜になると陸からの風に変わるんですよ…その風向きが変わる境目にぴたりと風が止むんです」

「夕凪(ゆうなぎ)ですよ」

「夕凪…」


亜紀の言葉を律子が繰り返す。


「そう、そして朝にはまた海から陸に風が吹く…その境目が朝凪…」

「朝凪…」

「その間は波も静まるんですよ」


律子はベッドで微睡みながら、凪の時には海面が鏡の様になると教えてくれた相沢の言葉を思い出した。




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