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海鳴り
第8章 海風
春子を見送った律子がグラスに残っていたビールを飲み干すと、亜紀がすぐにお酌をする。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


春子がいなくなると風が止んだように静かになった。

亜紀はビールをカウンターにそっと戻した。


「カズさんは…」

「えっ」

「先生に惚れちゃってますね」

「っ…、そんな事…」

「単純な人ですからわかります…。ほら、前にここで先生を助けた日…」

「……」

「漁に出る前の晩なのに何度もここを覗きに来て…、捜してたのは先生だったんですね」

「……」

「あんなに必死になって…、やっと見つけたらほっとした顔をして…」


律子は何も言えず、カウンターの下で震える両手を握りしめて俯いた。


「人の心って、どうしてこう厄介なんでしょうねぇ…」


亜紀はため息をつきながら自分のグラスにビールを継ぎ足した。


「先が見えているのに止められないなんて…」


律子はその言葉に胸ぐらを掴まれたような苦しさを覚え、思わず胸を押さえた。



わかってる…

えぇ

わかっています

最初から…



込み上げてくるものを止められない。


「あの人が、…和男さんの事が……す、好きで、好きで、どうしようもない……うぅっ…」




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