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海鳴り
第8章 海風
嗚咽とともに、自分の中だけにしまっておいた感情が涙となって溢れ出し、律子はもうそれを止める事ができなかった。


「先生…」


亜紀はひと言そう言うと、前を向いたまま静かにグラスを傾けた。

BGMも流れていない静まり返った店内に、子供のようにしゃくりあげる律子の声と鼻を啜る音だけが響いていた。

夢と希望に満ちていた頃の相沢を律子は知らない。

明るい笑顔で見つめ合い、若者らしい純粋さで未来を描きながら、突然降りかかってきた予期せぬ出来事に、相沢は自分の立場をはっきりと自覚させられた。

若過ぎる二人にとって、自分達の無力さを否応なく見せつけられたに違いない。

律子は相沢の過去を知り、気兼ねなく自分の事だけを心配していればよかった学生時代を思い起こした。



和男さんが歩いてきた道…



刻まれたシワ、鋭い視線、口数の少なさ、ぶっきらぼうな物言い、厚い胸板、ゴツゴツした大きな手、優しさ、真面目さ…、そのどれもこれもがここで生きて来た相沢を物語っていた。


「全部好き…、全部、すべて…」


律子はそう繰り返し、亜紀はただ黙ってそれを聞いていた。




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