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海鳴り
第8章 海風
律子が落ち着いてきたところを見計らって、亜紀は「ごめんなさい、ちょっと一本だけ」と律子に断って煙草に火をつけた。

フゥーっと吐いた煙を眺めながら目を細めては、またゆっくりと紫煙を燻(くゆ)らせる。


「ここも昔は繁盛してましてね…、人を雇ったりもしてたんですよ…。
まあ、今でも時々手伝って貰う事はあるんですけどね…」


律子は亜紀の静かな語り口に気持ちが静まってくるのを感じながらじっと耳を傾けた。


「どこに就職しても続かない真理ちゃんが、次の職を見付けるまでの間、よくここで働いてくれたんです…。
まだカズさんと一緒になる前の話ですよ」


律子の微かな反応を気に止める事もなく、亜紀は独り言のように話し続けた。


「先生を見てたら思い出したんです。
…あの子も、ここに座ってそんな風に泣きながら…、カズ兄ちゃんが、好きで好きでどうしようもない、って…」


律子は顔を上げて亜紀の横顔を見つめた。


「見るからに派手な子で、男関係もだらしなくって…、そんな子がカズさんが飲みに来ると隠れて居なくなるんです」


亜紀は遠くを見つめるように煙の行方を追い、煙草をガラスの灰皿で揉み消すと、頬杖をつきながら深く息を吐いた。




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