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海鳴り
第8章 海風
そう思いながら、律子には自分と向き合う相沢の向こう側に真理子の姿が見え、そして、振り向いて真理子と向き合う相沢の背中を、切なく見つめる自分の姿が見えた。

一本の線の上に立つ三人のうちの二人が向かい合えば一人が余り、それは自分でなければならない。


「港に行くそうなんです」

「えっ」

「カズさんがここで飲んでいる間は、港で海風にあたっているって言うんですよ…、夕凪を待って、それからゆっくり家に帰ったり、ここに戻ったり…」

「和男さんは…、相沢さんは知っているんでしょうか…、真理子さんの気持ち…」

「さあ…。頑固者ですからねぇ…知ったところで許せるかしら、どうしようもない妻を」


──あいつには此処しかねえからだ

──この町と、俺だ


相沢はわかっているに違いないと律子は思った。

「律子先生…」

「はい」

「この町を出ていく人は、違う場所で新しい生活に慣れて、ここはいずれ懐かしい思い出になる…。でも残された者は、町のあちこちに刻まれた思い出を繰り返し見つめ続けていくんです」

「……」

「でもそれが別れです。律子先生はまだ若い…、それに、先生なんですから…ここで立ち止まる訳にはいきませんよ」

「…はい」


亜紀は優しく律子を見つめると、律子の心の内の覚悟を覗くような強い視線で頷いた。




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