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海鳴り
第9章 夕凪
「ほら、律子先生心配してるぞ。ちゃんと話すんだぞ」
落ち着いてきた武の様子を見て同僚の光田が律子に微笑んだ。
「先生のクラス自習させておきますから、武くんをよろしく」
「はい、申し訳ありません。よろしくお願いします」
律子は保健室から出て行く光田に一礼して背中を見送った。
「………」
椅子に座って俯く武はこぶしを強く握っている。
「武くん」
膝と手のひらを少し擦りむいたようで、絆創膏が貼ってある。
「痛くない?」
「…こんなの平気」
「そうよね、男だもん」
「うん」
武が俯いたま頷いた。
「…アバズレって何?」
「…えっ?」
「あいつ…、母ちゃんはアバズレだって…」
「っ…、そう言ったの?」
「父ちゃんの他に男がいっぱいいるんだって…。帰って来ないのは、…僕、僕が、捨てられた、からだ…って…」
武の肩とこぶしがブルブルと震えだした。
ムカムカする怒りが胸いっぱいに広がり、心臓が重い鼓動を響かせた。
こぶしを握っている武の気持ちがよくわかる。
堪えているからだ。
幼い心で。
律子はそれを見ながら自分のこぶしをグッと握りしめた。