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海鳴り
第10章 高波
「律子待て、送っていく」

「誰かに見られたら困りますから…」

「待て」

「来ないでっ…」

「………」

「和男さん…、大好き…」


律子は歪んだ顔でそう言い残し小走りに駆け出した。

バシャバシャと雨を跳ね上げずぶ濡れになりながら走った。


あの人はずっと優しかった…

初めて出会った日も、『アザミ』での事も、初めて愛し合った時も、ずっとずっと今も…

いつでもきっと抱き締めてくれる

でも「行くな」と言ってくれたから…

もう充分だ



相沢を失ったわけではないと思えた。

それでも涙は溢れる。



──この町を出ていく人は、違う場所で新しい生活に慣れて、ここはいずれ懐かしい思い出になる…。でも残された者は、町のあちこちに刻まれた思い出を繰り返し見つめ続けていくんです



和男さんはどんな風に生きていくのだろう


律子は『アザミ』のカウンターに座り、一人黙ってグラスを傾ける相沢の姿を思い浮かべ、切なくなってまた泣いた。




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