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海鳴り
第2章 過去へ──出会い
髪を後ろで束ね、細い眉、つり上がった目の20代後半のその男は、薄い唇の右端を一瞬引き上げ、視線は律子の立ち姿を下から上へと素早く通過して目を合わせた。


「武、先生の名前聞いた?」


律子から目を離さずに直也が言った。


「山下です」


律子が直也に負けじと視線をそらさずに答えた。


「山下なんて言うの?」


武が口をはさむ。


「律子って言うの、よろしくね、武くん」


律子は武に微笑んだ。


「律子先生だ」


武は嬉しそうに父親を見てまた律子を見上げた。


「前の先生は千恵子先生だったんだよ」

「知ってるわ、さっき校長先生に聞いたの」

「年は?」


直也が聞いた。


「直也、お前行く所があるんだろ、もう行っていいぞ」

「あ、いけねぇ、また文句言われちまう」


直也は慌てて大工道具を抱え「それじゃ親方、お先に失礼します」と頭を下げた。


「飲み過ぎるなよ」

「はい」


足早に立ち去る直也の後ろ姿を見送りながら武が言った。


「直也兄ちゃんはね、不良だったんだって」

「へー、武くん、不良って知ってるの?」

「知らない…、でもみんなが言ってたよ」

「そろそろ帰るぞ」


父親の強い口調に武は首を引っ込めた。




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