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海鳴り
第12章 それから
「その貝殻は…」


武は貝殻を包み込んだ律子の手に視線を落とした。


「………」

「沈没寸前だった興和丸が港に引き揚げられた時、母の代わりに僕が確認しに行く事になったんです。
その時僕が壊れた船の操舵室に転がっていたその貝殻を見つけて、他の遺品と一緒に持ち帰りました」



なぜそれを私に…



「中学の頃、僕は一度父の船に乗せて貰った事があったんです。
その時偶然、操舵室の隅に先生の名前が書かれた木箱を見つけました。
懐かしくて中を開けてみたらその貝殻が…。
だから、箱はなくなっていたけど貝殻には記憶がありました…。
ツノが欠けていましたし」


窓の向こうに見えるハナミズキの枝が大きく揺れている。

若い女性が春物のコートの襟を立て、なびく髪を押さえて足早に通り過ぎて行く。

律子は視線を武に戻した。


「僕、結婚しようと思っている女性がいるんです」

「まあ…、素敵ね」

「父は、…もしかしたら先生を愛していたのかも知れません」

「えっ…」

「僕はまだ子供でしたけど、両親が愛し合っていない事は感じていました。
だって…、あんなに家にいない母親なんてどう考えても変ですよね……ふふ…」



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