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海鳴り
第12章 それから
───山下先生、もういいんじゃないですか?
早く失恋から立ち直って僕と付き合わないと、あなたの靴紐が可哀想ですよ。
あぁほら、またほどけて踏んづけられてる、しょうがないなぁ…
───だからそんなもの放っておいてください。
靴紐くらい自分で結べますっ
───じっとして、蹴らないでくださいよ。
…放ってなんか置けませんよ、こうしてきちんと結ぶ人がいないとあなたの人生はこれから先も転んでばかりだ
─── …………
───僕に任せてください
「お母さーん、お父さんから明日は夕方でいいよって返信がきてる」
「そう、よかったわ
それじゃあなたもお風呂に入って早く寝なさい」
「はーい」
律子は部屋のベッドに横たわり、貝殻を胸に抱いて丸くなった。
一人だった。
あの頃、一人の夜は寂しかった
今その時の気持ちを思い出すことはできても、狂おしく恋い焦がれることはない
漁村の風景や漁師達の姿がテレビで流れる度に相沢の姿を捜す癖も、低く立ち込める雲と風の中で海鳴りを待つ癖も、いつの間にか消えていた。
何を見ても何を想っても泣いていた自分が今は懐かしい。
和男さん、あなたは
私が思い出になっていましたか?