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臭い手笛で出発進行
第2章 吹き口へのアプローチ

ピピィィィィリリリッ!!
今日もまた、帰りのひと時の楽しみを僕は味わっていた。饐田の駅から僕の家の最寄である根針(ねばり)までの間には6つの駅がある。つまりあの女性車掌さんがホイッスルを吹く姿を、乗る時と降りる時を含めて8回は味わえるという事だ。
最初の3回ほど、僕は女性車掌さんの切れ味鋭いホイッスルの音と、時々ホイッスルの穴から噴き出してくる臭そうな唾に見とれていた。いつもかなり唾をためて吹いているのは明らかで、今日も首から下げた黒いホイッスルの穴からは唾がとろっとはみ出していた。
3つ目の駅を過ぎた所で、車掌さんはいつもの検札ついでに、僕に話しかけてきた。ショートヘアで薄いメイクの顔をちょっと近づけて、自然な笑顔でこう切り出す。
「いつもご利用ありがとうございます!私、この鉄道の車掌をしている椿 さゆりと申します」
いきなりの自己紹介。当然名前を知るのは初めだ。僕も同じように返さなければならないと思い、慌てて切り出す。
「えっと…饐田高校二年生の、佐都(さみや) ひろっていいます」
「なんか、可愛い名前ですね。ひらがなでおとこのこ!って感じで」
意外とよく分からない反応をする車掌さん……さゆりさんの返しにあっけに取られつつも、僕の視線はやはりいつもの通り吹き口の濡れたホイッスルに移っていた。
「あー、私じゃなくてやっぱりこの笛見てる。ちゃんとお話ししましょうねっ」
そう言うが早いか、さゆりさんは咄嗟にホイッスルを口に咥えた。
ピィーッ、ピッ!
キレはあるけれども、発車の合図の時よりは優しい、というよりかわいい吹き方だ。
「あとで嗅がせてあげますよ。でも今はおあずけっ」
もう明らかに、僕の嗜好を分かっているのは間違いない。焦らしてくるさゆりさんに、僕はどんどん惹かれるがままになっていた。
「ひろ君って、趣味とかないんですか?」
「うーん……運動も苦手だし、あんまり友達いないし、特にないです」
まあ、事実なのだから仕方ない。ましてや相手が女の人となれば、盛り上がるネタなど絶望的に持ち合わせていないのが僕だ。
「そっかぁ……でも、この鉄道に乗るのは嫌いじゃないですよね?」
趣味の域なのかは分からないけれど、確かに自然といつも乗ったり撮ったりはしている。軽くうなずく僕を、さゆりさんは暫く笑顔で見つめていた。

