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エンドレスサマー
第6章 ステージ脇の暗い部屋
 好きなのかと訊かれて、心にちくりと甘い痛みが走った。
 「好きなわけないだろ」と否定する自信が私にはない。もちろん「お前が好きだ」とも言えない。音のない世界に逃げる自分が滑稽だった。
 ただ、無言は答えを美香に伝えることだ。私は美香に惹かれ始めていた。家に帰っても美香のことが気になる日が続いていいたのだ。
「私、付き合っていた彼がいたの」
「付き合っていた?」
「そう、付き合っていた」
「誰だ?」
 私は咄嗟にそう訊ねた。
「聞きたい?」
「……」
 問いかけていて、私は美香に答えることができない。
「和田健太」
「和田?」
「野球部でショートを守っている三年生」
「知らないな。今日、補習に来ていたか?」
 せいぜい名前と顔が正確に一致するのは自分が受け持っているクラスの生徒、そして美香だけだ。
「来るわけないじゃん。スポーツ推薦がもう決まっているんだもん」
「うちの中学の野球部ってそんなに強かったのか?」
「博士、全然知らないんだね。和田は特別。一人だけバケモンみたいな選手」
「……なるほど」
 和田君ではなく和田。美香と和田という生徒がどういう関係だったのか、その深さが相手を呼び捨てにすることでわかる。
「博士、まだ聞きたい?」
「……」
 美香と和田の関係を聞きたいが……。
「体育祭が終わって、和田が私にこう言ったの。『やりたい』って」
「『やりたい』ってエッチのことか?」
「男のやりたいって、そういうことでしょ」
「……」
 よりによってその場所が学校で、まさに今私と美香がいる機械室だとは。
「で、めでたくここでやりました……と言いたいんだけど」
「……どうしたんだ?」
「キャンセル」
「キャンセル? 何だキャンセルって?」
「やるの止めにしたの」
「やらなかったということか?」
「そう」
「どうして?」
 私にとって歓迎すべき展開なのだが、その先が知りたかった。
「何だか嫌になっちゃったの。和田が私と付き合っていたのって、ヤリモクだったような気がして」
「ヤリモク?……ヤリモクって何だ?」
「博士って数学以外何も知らないんだね」
「……」
 返す言葉がない。その通り、私は大学を追い出されても数学に頼ってこの中学で生きている。私は数学しか知らないのだ。私は間違いなく一昔前に言われた「でもしか教師」だ。
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