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エンドレスサマー
第9章 身体測定

Aがいつものようにしゃがんで、道を通せんぼしている。足が速かったら、走って逃げることができるかもしれないが、それは不可能だ。子供の自分が大人に勝てるわけがない。子どもでも何となくそれがわかったと妻は言っている。
仮に走って逃げたとしても、もし掴まえられたら、自分に起こる事態がさらにひどくなるような気がしたのだそうだ。
Aの不気味な笑いは、妻に恐怖を与え続けた。
小学校時代の記憶が妻にはほとんどない。遠足や運動会、そして修学旅行、こういう思い出になる行事ですら妻はほとんど覚えていない。もちろん妻は遠足に行っている。でもどこに行ったのかが思い出せない。運動会の走り競争の結果すらわからない。辛うじて修学旅行の行き先はわかるのだが、そこでの楽しい思い出が頭の中に残っていない。
A(妻から消えることはないだろう。悔しいが)が、今でも妻の小学校時代の楽しいはずの記憶の上で重石となり胡坐をかいている。
「こんにちは美香ちゃん」Aはそう妻に言った。「こんにちは」感情のない声で妻はそう答えた。「美香ちゃん、来週身体測定だろ?」「うん」妻は頷いた。妻が話したり返事をするのはここまで、これ以降は妻は何も話さない、いや、話せない。
「じゃあ、身体測定の練習をしょう。いいだろ?」 Aのその問いに妻は答えなかった。無言、それは妻ができる最大限の抵抗。抵抗は無意味だった。いつものように妻はAに抱えられて、白い車の荷室に乗せられた。
体重計があった。多分そこに自分が乗るのだろう……どういう格好をさせられるのだろうか? 不安が募る。「じゃあ美香ちゃん、服を脱ごうか。身体測定は正確でなければいけないんだ。僕が手伝ってあげるね」妻は「……」無言。
服のボタンにAの手がかかったことを妻は覚えている。自分が服を脱いだのではない。服はAによって脱がされたのだ。
上半身が裸にされた。Aは妻の服を両手の中に宝物のように収めて、鼻先にそれを持っていった。Aは大きく息を吸った。服に染み込んだ妻の匂いを獣が嗅ぐ。妻の匂いを愉しみながら獣の目は妻の平らな胸から離れない。
米粒くらいの妻の乳首とAの目の間には、見えない透明な糸が引かれていた。その糸を辿って、Aの目はどこにも寄り道せずに妻の乳首に向かっていた。
Aの口角はずっと上がったままで、それは気味の悪い笑い顔だった、と妻は記憶している。
仮に走って逃げたとしても、もし掴まえられたら、自分に起こる事態がさらにひどくなるような気がしたのだそうだ。
Aの不気味な笑いは、妻に恐怖を与え続けた。
小学校時代の記憶が妻にはほとんどない。遠足や運動会、そして修学旅行、こういう思い出になる行事ですら妻はほとんど覚えていない。もちろん妻は遠足に行っている。でもどこに行ったのかが思い出せない。運動会の走り競争の結果すらわからない。辛うじて修学旅行の行き先はわかるのだが、そこでの楽しい思い出が頭の中に残っていない。
A(妻から消えることはないだろう。悔しいが)が、今でも妻の小学校時代の楽しいはずの記憶の上で重石となり胡坐をかいている。
「こんにちは美香ちゃん」Aはそう妻に言った。「こんにちは」感情のない声で妻はそう答えた。「美香ちゃん、来週身体測定だろ?」「うん」妻は頷いた。妻が話したり返事をするのはここまで、これ以降は妻は何も話さない、いや、話せない。
「じゃあ、身体測定の練習をしょう。いいだろ?」 Aのその問いに妻は答えなかった。無言、それは妻ができる最大限の抵抗。抵抗は無意味だった。いつものように妻はAに抱えられて、白い車の荷室に乗せられた。
体重計があった。多分そこに自分が乗るのだろう……どういう格好をさせられるのだろうか? 不安が募る。「じゃあ美香ちゃん、服を脱ごうか。身体測定は正確でなければいけないんだ。僕が手伝ってあげるね」妻は「……」無言。
服のボタンにAの手がかかったことを妻は覚えている。自分が服を脱いだのではない。服はAによって脱がされたのだ。
上半身が裸にされた。Aは妻の服を両手の中に宝物のように収めて、鼻先にそれを持っていった。Aは大きく息を吸った。服に染み込んだ妻の匂いを獣が嗅ぐ。妻の匂いを愉しみながら獣の目は妻の平らな胸から離れない。
米粒くらいの妻の乳首とAの目の間には、見えない透明な糸が引かれていた。その糸を辿って、Aの目はどこにも寄り道せずに妻の乳首に向かっていた。
Aの口角はずっと上がったままで、それは気味の悪い笑い顔だった、と妻は記憶している。

