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エンドレスサマー
第3章 いたずら
「いたずら? それどういうことだ?」
 私の胸に顔を埋めている妻に私はそう訊ねた。
「いたずらはいたずら」
「いたずらって、つまりエッチなことなのか?」
「そう、つまりエッチなこと」
 心臓が止まりそうになった。冗談であればいいと思った。だが、妻の告白は間違いなく真実だ。妻は私に嘘や冗談は言わない。
「それで」
「それで?」
「ああ、それでどんなことをされたんだ?」
「先生、怒った?」
「ああ、怒った。でも美香にではない。美香をいたずらした奴に怒っているんだ」
「じゃあ、話すの止めようかな」
「おい、それはないだろ。美香がいたずらされたなんて聞かされて、それじゃあ、お休みなさいなんて言えないだろ?」
「ふふふ」
 思わせぶりな笑いが続く。
「早く話してくれないか」
 私は美香にそう促した。
「先生、私の実家まだ覚えている?」
「ああ」
 私は美香の実家を二度訪ねた。最初は噂が広まった頃、そしてもう一回は美香と町を出る時。二回とも私は美香の両親に会って話すことはできなかった。
 ただ最初に訪ねた時、玄関のドアが開き、美香の母親から水と塩を掛けられた。「不良教師」と、そんな言葉も一緒に浴びせられた。「すみません」と謝罪した私の言葉は、美香の母親がドアを閉めた音でどこかに消えた。
 二度美香の実家を訪ねたが、いずれも近所の目が比較的気にならない(美香の両親にとって)暗い時間帯だったし、それに随分昔のことだ、はっきり覚えてはいない。
 薄っすらとした記憶だけを頼りに、自分の頭に中に地図を描く。確か大きな通りから右に曲がった。道幅は狭くなったが、道を挟んで家が向かい合っていた。その道を五十mくらい歩いたところだったろうか。
「そうそう、先生、よく覚えているじゃない」
 記憶を辿っていた時、私はそれを声に出していたようだ。
「暗かったからな。覚えているのはそれくらいだ」
「それで十分」
「十分? どういうことだ?」
「だってその道でいたずらされたんだから」
「えっ! 家がすぐ近くじゃないか! どうしてそんなところで……」
 悲しくなって言葉がだんだん小さくなった。あと僅かで家に着くことができるのに、家に着いてしまえば、生涯消えることのないトラウマを抱えることなんてなかったのに。
 怒りを悲しさが追い越した。
 心が絞られるような切ない気持ちになった。
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